プロフィール
杉岡 秀紀
杉岡 秀紀
1980年、奈良県生まれ。2003年同志社大学経済学部卒業、2007年同大学大学院総合政策科学研究科博士前期課程修了。2009年同博士後期課程退学。臨床政策学者。周旋家。2016年から福知山に移住。

専門は、公共政策、地域政策、地域公共人材論、大学まちづり論、NPO論、大学評価論。

大学時代から環境問題、まちづくりに関心を持ち、2003年にまちづくりNPO「きゅうたなべ倶楽部」を主宰(発起人)。地域に開かれた大学祭の創造や商店街活性化、フリーペーパーの発行・産学連携ITプロジェクト・商品開発・リユースフェアなどのコミュニティビジネスを武器に京都府南部地域におけるまちづくりに取り組む。

2007年からは、いったん地域から離れ、霞ヶ関(内閣官房)へ。行政改革推進本務事務局にて、社会保険庁改革に従事する。

同志社大学政策学部嘱託講師(2009〜2014)、一般財団法人「地域公共人材開発機構」事務局総括(2009〜2012)、京都府立大学公共政策学部講師・地域連携センター副センター長(2012〜2016)を経て、2016年秋より福知山公立大学地域経営学部准教授。京都府立大学京都政策研究センター特任准教授。

社会貢献活動として、龍谷大学地域公共人材・政策開発リサーチセンター 客員研究員、一般財団法人地域公共人材開発機構常任理事、一般社団法人社会的認証開発推進機構評議員、NPO法人グローカル人材開発センター理事、NPO法人京都子どもセンター監事、きゅうたなべ倶楽部アドバイザー、真庭市政策アドバイザーなどを務める。

主な著書は、『地域力再生の政策学』(ミネルヴァ書房、2010年、共著)、『地域貢献としての大学シンクタンク』(公人の友社、2013年、編著)、『地域公共人材をつくる』(法律文化社、2014年、共著)、『住民自治を問いなおす』(法律文化社、2014年、共著)、『もう一つの自治体行革』(公人の友社、2014年、編著)、『持続可能な地域実現と大学の役割』(日本評論社、2014年、共著)、『地域力再生とプロボノ』(公人の友社、2015年、編著)『地域創生の最前線』(公人の友社、2016年、編著)、『自治体政策への提言』(北樹出版、2016年、共著)など。

大学時代(2000年)に結成したバンド「シカゴプードル」では、2003年に京都学生祭典(KYOTO STUDENT MUSIC AWARD)でグランプリを受賞。2004年にCDデビューも果たした(2006年に卒業)。

【HP】 http://sugiokahidenori.jimdo.com
【ブログ】http://e013.dgblog.dreamgate.gr.jp/
【facebook】http://www.facebook.com/hidenori.sugioka/

【主な受賞歴】
2002年 「REALIZE In Kyoto(京都府南部地域における学生による地域政策・ビジネスコンテスト)」グランプリ受賞
2003年 「京都学生祭典 全国学生音楽コンテスト(kyoto student music award)」グランプリ受賞(Chicago Poodle)
2003年 「同志社大学育英賞」受賞
2004年 「エコ京都21」認定(きゅうたなべ倶楽部)
2004年  関西文化学術研究都市「都市びらき10周年」感謝状授与(きゅうたなべ 倶楽部)
2005年  内閣府「生活達人」認定
2005年  京都人間力大賞ファイナリスト
2007年  日本都市計画家協会「全国都市再生まちづくり会議」奨励賞受賞(きゅうたなべ倶楽部)
2012年  京都府「明日の京都」推進特別賞(地域公共人材開発機構)
2013年 「第7回全国大学まちづくり政策フォーラム」優秀賞受賞(杉岡ゼミ)
2013年 「第9回京都から発信する政策研究交流大会」優秀賞(杉岡ゼミ)
2014年 「京都府立大学学長賞」受賞(杉岡ゼミ)
2014年 「第10回京都から発信する政策研究交流大会」京都市長賞、優秀賞受賞(杉岡ゼミ)
2014年  2013年度京都府創発事業認定(京都丹波・写ガール隊)
2015年 「第9回全国大学まちづくり政策フォーラム」優秀賞、政策マネジメント研究所賞受賞(杉岡ゼミ)
2015年 「2015年京都丹波観光プランコンテスト」優秀賞受賞(杉岡ゼミ・京都丹波・写ガール隊)
2016年 「第4回 京の公共人材大賞」奨励賞受賞(京都丹波・写ガール隊)
2016年 「第10回全国大学まちづくり政策フォーラム」優秀賞、政策マネジメント研究所奨励賞受賞(杉岡ゼミ)
2016年 「京都府公立大学法人 理事長表彰」(京都丹波・写ガール隊、地域連携センター学生部会かごら)
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2012年06月26日

パラレル仕事術

スキーの用語で

「パラレル」

という言葉がある。

これがもし1つの

「技(わざ)」

だとするならば、今回は

「パラレル仕事術」

というものを提案してみたい。


とはいえ、そんなに肩肘を張って考える必要もない。

要は、仕事があまりにも多いときのための

「ながら族」

の提案である。


やり方は簡単。

一般的には

「仕事は重要かつ緊急な案件から」

という暗黙の了解があるが、その優先順位や緊急性を一旦横に置いて

「全てを並行して進める」

これだけ。

しかし、こうする事で、意外にも

①何に一番時間がかかりそうか、全体の仕事量が見える化できる。
②手つかずの仕事というものをゼロにすることで、心理的負担感やストレスが減る。
③1つの仕事がある程度目処がついたら次、と意識を変えることで、一つ一つに集中できる(あるいは飽きない)

という効用があることが分かった。

一言で言えば、

「人間の集中力を最大限活かし、心理的ストレスを最小限に減らし、かつゲーム感覚で進められる」

仕事術なのである。

自身、最近あまりにも多分野大量の仕事になり、一時は仕事が回らなくなりそうになったが、
この方法を導入することで、何とか上手く回るようになったので、ぜひ仕事の効率化でお悩みの方には、
騙されたと思って、実験して頂きたい。


ところで、昔に読んだ本で、

「地図の読めない女、話を聞かない男」

という男性脳と女性脳の違いを論じた本あった。


この本の言わんとするところは、

・男性は1つのことに集中して仕事をしたがる脳(車で電話をしながら、音楽は聞けない)
・女性は二つ以上のことを並行して仕事ができる脳(家事をしながら電話など)


という脳の違い。

つまりは、この本のロジックから言えば、女性の方が最初から向いていて、
男性はやや努力が必要かもしれないということ。

もしかすると、この辺りに落とし穴があるかもしれないが、
いずれにせよ、当たる(合う)も八卦当たらぬ(合わぬ)も八卦である。

ぜひ一度試して頂きたい。  

Posted by 杉岡 秀紀 at 00:00Comments(0)杉岡日記より

2012年06月25日

『ハーバード白熱日本史教室』(北川智子)

北川智子『ハーバード白熱日本史教室』新潮社、2012



「ハーバード×白熱教室」

と言えば、100人中99人が、

「マイケル・サンデル」

教授と答えるだろう。


ところがこの本はそのサンデル白熱教室はとは似て非なる本である。

大きくは3点の違いがある。

1点は主人公がアメリカ(外国人)ではなく、「日本人」であること。

2点は、とりあげるテーマが政治・哲学ではなく、「日本史」であること。

3点は、この白熱教室を主導する講師が「若い」こと。

つまり、一言でいえば、

「ハーバードで、日本、それも若手の日本人が中心のワーディングになっている」

のである。

このタイトル力も素晴らしいが、それ以上にこの事実がまず素晴らしい。


さて、内容は、以下の章立てとなっている。

第1章 ハーバードの先生になるまで(大学の専攻は理系だった,ハーバード大学に行こう! ほか)
第2章 ハーバード大学の日本史講義1―LADY SAMURAI(サムライというノスタルジア,時代遅れの日本史 ほか)
第3章 先生の通知表(キューと呼ばれる通知表,学生のコメントは役に立つ ほか)
第4章 ハーバード大学の日本史講義2―KYOTO(アクティブ・ラーニング地図を書こう! ほか)
第5章 3年目の春(歴史は時代にあわせて書き換えられる印象派歴史学 ほか)

ここからも分かる通り、主には、

・なぜハーバードの講師になったのか(なれたのか)
・どのようなプロセスを経て、ハーバードでの日本史が白熱教室となったのか、またその内容はどのようなものか。
・日本人による「白熱日本史教室」の評価


の3点について、つまり、半分は、

「時系列の自分史」

が、また半分は

「講義録(教授法録)」

が、収録されている。


以下では、私が気になった、あるいは北川氏の「軸」であろう考えを抜き出してみたい。

  「日本史はオカシイ、そう漠然と感じたあの夏の日から数えると、もうじき7年になる。
  いま、しっかりと「答え」を手にした。やっと分かった。日本史は男性のサムライ史のみを軸とした「半分史」。
  それを書き足し、語り方を変えることが私の仕事だ。」(p.53)


この仕事観や教育・研究テーマ、もっと言えば、好きなことで出会えたのが、北川氏の最大の強みである。

元々は理系であった彼女が、大学院から文展し、そのテーマで博士号を取るところまで行き、
その最初の結果が「ハーバードのレクチャラー」なのだから、それはそれは高いハードルであったに違いない。

翻って、それを可能にするくらいまで、日本史と彼女の関係は出会うべくして出会い、相性が良かったのだろう。



  「本当のLady Samuraiの姿は未だに知られていません。Lady Samuraiの研究も、それに関する本も、
  私が初めて書くことになりますから、そのイメージはまだ歴史事実にそった形で表に現れたことはないのです。
  (中略)Lady Samuraiとは、「戦わずに、かつ陰で大いに活躍する女性たち」で、サムライというパワフルな集団に
  その正体を隠され続けてきました。「いるはずがない」と思われてきたLady Samuraiが、もしいたとしたら。
  もちろん、そのイメージも新しいはずです」(p.71)


これが北川氏の博論のテーマであり、白熱教室への導いた最大のテーマである。

「この運命を決める1ワードと出会えるかどうか」

これは研究者や教育者でなくとも、通じる1つの成功(成幸指標)であろう。


  「大きなクラスを成功させる大前提があることに気が付きました。
  その大前提とは、ごくシンプルです。「準備がすべて」だということ」(p.109)


北川氏は昔からピアノを習っていた。そして、今でも趣味で引き続きおられ、
そこから講義のアイディアやアレンジのアイディアも生まれている。

準備がすべてという概念も、おそらくそのクラシックでの練習と本番の関係からの派生、応用であろう。

このことは

  「自分の趣味をティーチングに生かすように工夫する」(p.111)

という記述からも窺える。

いずれにせよ、

「準備が大事(9割)」

ということは、万国、またどの分野でも基本のいろはであり、また一丁目一番地に重要なことである。

敢えて付言すれば、この

「大事なことを、素直に大事にしている」


の北川流と言える。



そして、最後究めつけの言葉は

  「No pfoof needed.your possibility are ∞(証明等要らない。あなたの可能性は無限大)」

という卒業アルバムに寄せた、卒業生へのメッセージ。

この言葉からいかに北川氏が学生を期待し、信頼しているかということが伝わってくる。


有名な話だが、

「educate」

の本当の意味は

「教える」

ではなく、

「引き出す」

である。

北川氏はこの点を十二分に理解され、講義を行っている。

「思い出に残る教授」や「ベストドレッサー」に選ばれるのも、ある種必然と言えるだろう。


最後に、こんな記述を紹介したい。

  「この本をまとめながら、私のような歴史家でも、もっと広く貢献できることや発信できるメッセージがあると思いました。
  そのメッセージとは(中略)、「日本のイデオロギーを目に見える形で作ること」です」(p.181)
  「イデオロギーと言いうと固い話に聞こえますが、ここでは「日本とは何か、という質問に対してしっかりとした答えを構築  すること」と思ってください」(同上)


第1章で書かれているが、北川氏がハーバードで学んだきっかけも、教えるようになったきっかけも、ひょんなことであった。

しかし、そこから日本史と出会い、Lady Samuraiという概念に気づき、実際に日本を教えているうちに、このようなある種

「日本を背負う」

感覚まで思いが昇華されたのだと推察する。


日本にいても分からないこと、いな、日本にいたら分からない日本の価値を北川氏はまさにかみしめがら、
まさに日本の代弁者として、日本人の代弁者として、日本の届けるべく価値を海外に届けてくれている人。


これが私が本を読み終わっての北川氏の人物評である。

これを日本国内ではなく、逆輸入でしか気づけないのが、今の日本の現状であり、
それに対しては忸怩たる思いを抱かざるを得ないが、久々に心が熱くなる、そして、
何より日本人が誇らしく感じることができたことに、素直に感謝したい。

くしくも彼女は私と同じ年の

「1980年生まれ」


年は関係ないとは言うものの、同世代としてもあっぱれである。

負けてはいられない、という良い刺激を受けつつ、日本の中でできること、
日本にいるからこそできること。日本人だからこそできることを、これらかも考え、
そして、行動し続けたい。

という訳で、大学の皆さんも、ぜひ本書をお読み頂き、自分のサークルやバイト、就活だけでなく、
このような大きな視点で一度日本人としての自分を見つめ直す、きっかけにしてほしい。

きっとこの本はあなたの背中を教えてくれるだろう。

  

Posted by 杉岡 秀紀 at 00:00Comments(0)大学生に薦めたい一冊

2012年06月24日

もう1つの肩書き

「堀田力」

さんという方がいる。

ある人は「ロッキード事件を解決した検事」と言うかもしれない。

ある人は「ふれあい切符などを展開しているさわやか福祉財団の理事長」と言うかもしれない。

また、ある人は「時々テレビでコメンテーターをしている人」と言うかもしれない。

どれも正解である。

ただ、ここに紹介しただけで、すでに堀田氏の肩書きは3つだが、

私はここにさらに

「名刺の両面印刷でもう1つの肩書きを普及している仕掛人」

という肩書きを付け加えたい。

これが今日のテーマである。


言うまでもなく、人間は様々な顔を持っている。

たとえば、

「地球人(市民)であり、アジア人であり、日本人(国民)であり、都道府県民であり、市町村民であり云々」

と言った地域性から来る顔がある。

また、家族という観点からは、

「子であり、兄(姉)であり、弟(妹)であり、孫であり、甥(姪)であり、従兄妹であり云々」

と言った顔があるだろう。

はたまた、母校や母体という文脈からは、

「◯◯小学校OB・OG、△△中学校OB・OG、□□高校OB・OG、◎◎大学のOB・OG」

という顔もあったりする。


言いたいことは、

「人間は実に多くの顔があるということ」

にも関わらず、いざ初対面での挨拶の時となると、

「自分のお金をもらっている、あるいは所属している組織の肩書き」

だけになりがちである、ということ。


翻って、冒頭でご紹介した堀田氏は、おそらく自身への自戒も込めて、

「もう1つの肩書きを意識し、言語化させる」

ための具体的なアクションとして、3年前から

「名刺両面印刷普及活動(大作戦)」
を展開している。

しかも、その展開方法は政治家と同じく

「駅で辻立ちをし、毎朝通勤・通学中の皆さんに訴える」

という、実にストレート、いわゆるドブ板・人海戦術的なやり方。


私はこの趣旨に強く賛同したい。

なぜなら人間の可能性は本当に多様であり、それを1つの肩書きだけで絞めつけるのは、
ワンガリーマータイ風に言えば、

「もったいない」

と私もー思っているからである。

ややキツい方をすれば、

「◯◯パパ」「△△ママ」「□□の息子(娘)」

という属性が肩書きになってしまっている人がいることへの違和感なのかもしれない。
(もちろん入り口としてはよく分かるが…)

もちろん我が国では、米国のように、アフターファイブや土日の活動がその人の人格を規定する、
という領域まではそう簡単にはいかないであろう。

ただ、Facebookなどソーシャルメディアの台頭で、良くも悪くも、
個人のプライベートにもアクセスしやすくなっている追い風もある。

氷山の一角に眠っている日本の底力、日本人の底力を今一度見直すためにも、
この示唆はぜひ示唆で終わらせてはいけない。

その意味からもここに書きとどめている次第である。


ところで、ふれあい切符つながりで、その生みの親であるエドガーカーン先生も

「この世に役に立たない人はいない」

と言っておられた。

「無縁社会から、ふたたび有縁あるいは結縁社会へ」

ではないが、そのようなポジティブな社会を作っていくためにも、
こうした動きは、もうしかしたら、お金を掛けずにできる、
草の根運動になる可能性を希望的観測も含めて強調しておきたい。


蛇足になるが、私が世間に広げたい、自分のもう1つの肩書きは

「周旋家(つなぎ・おせっかい・価値づくり)」



「ソーシャル・デザイナー」

である。  

Posted by 杉岡 秀紀 at 00:00Comments(0)杉岡日記より

2012年06月23日

『社会を変えるを仕事にする』(駒崎弘樹)

駒崎弘樹『社会を変えるを仕事にする』英知出版、2007



私が「社会起業家」という言葉を初めて意識したのは、いつだっただろう。

思い出してみるに、おそらく、町田洋次さんが2000年に出版された

『社会起業家〜より社会をつくる人たち〜』(PHP新書)

という本を大学時代に読んだのが、そのきっかけだったように思う。


そして、その社会性はともかくとして、日本において

「起業/起業家」

という言葉が注目され、市民権を得たのは、2001年の小泉政権のときに、
当時の経産大臣であった平沼赳夫氏が主導した

「日本には挑戦者が足りない」

をキーフレーズに、経産省あげて大学発ベンチャー含め起業家の発掘・育成を推進した

「平沼プラン」

だったと思う。

かくいうこのブログも当時の副産物で、私が2003年に主宰したまちづくりNPOの存在が認められ、
起業家、あるいは数少ない社会起業家の一人として執筆を始めたものである。


その一つの潮流と今日ご紹介する駒崎氏の起業及び社会起業の時代性はまさに重なる。

それもその筈、駒崎氏と私の年齢はほぼ同じで、まさに同じ

「1980年前後に生まれた者ならではの時代観」

を有しているのだ。例をあげればキリがないが、本書でも登場する

・リクルート事件(1998年)
・米国ルイジアナで起こった日本人留学生射殺事件(1992年)
・佐川急便事件(1992年)
・ゼネコン汚職事件(1993年)
・阪神・淡路大震災(1995年)
・地下鉄サリン事件(1995年)
・酒鬼薔薇聖斗事件(1997年)
・ノーパンシャブシャブ事件(1998年)

など日本中を席巻したニュースを、一番多感な小中高にまさにリアルタイムで見て来た。

一言で言えば

「バブルが弾けるまでの最後の日本の右肩上がりの光景とバブル崩壊後の凋落する日本の両方とも」

のリアリティを肌身で知る最後の世代なのかもしれない。

したがって、駒崎氏の言葉で表現しきれない原動力というか、

「このままではいけない」

という漠然たる気持ち、あるいは、

「放っておけない非当事者/当事者の自分」

起業という選択肢を選んだ心理は個人的にもよく分かる。


さて、前置きが長くなったが、本書の構成は以下のとおりである。

・第1章:学生でITベンチャーの社長になっちゃった
・第2章:「社会を変える仕事」との出会い
・第3章:いざ、「社会起業家」!
・第4章:世の中のどこにもないサービスを始める
・第5章:「地域を変える」が「社会を変える」

この中でとりわけ注目すべきは、第1章で展開される大学三回生時代の

「ITベンチャーの経営者としての経験」

であろう。

というのも、この肩書きだけから見れば、いわゆる当時の大学発ベンチャーの波に乗って、
自ら、あるいは志の高い有志で創業し、これこそが彼の今の原点であろう、と思われがちだからである。

結論から言えば、これは半分正解だか、半分正解間違いである。


この問いのヒントは、そのプロセスにある。

彼が経営者となったきっかけは、実はかなり偶発的かつ受動的であった。

「先輩、うちの会社の経営に興味ありませんか」と切り出された(p.21)

という記述があるとおり、技術系の後輩からの依頼で、つまり、実に

「ひょんなきっかけ」

からスタートしている。

ここで私が強調したいのは、この偶発性。

というのも、キャリア論でもよく語られることでもあるが、実はこの

「キャリアにおける偶発性を引き寄せられるかどうか」

という力こそが、その人の持っている人間性も含めた魅力であり、
かつ、成功する人とそうでない人の1つの分岐点になっていると思われるからである。

経営の神様、松下幸之助が求める人材の条件として

「運(ツキ))と素直さ」

をあげているのも、あながち偶然ではない。

駒崎氏の場合、本人の才能や努力もさることながら、この点において、
まさに当時から頭角を表していた、というのが、私の注目点である。



ちなみに、駒崎氏を駒崎氏たらんとする代名詞である

「病児保育」

というキーワードも、実はかなりの偶発性から生まれている。

それは、駒崎氏の母と本人との些細な電話の会話であった。

テーマはベビーシッターである駒崎氏の母がたまたま病児の面倒を見て解雇されたことについての氏の所感。

「子どもが熱をだすことなんて当たり前の話だろうし、それを親が看病するのっていうのも当たり前の話だ。
当たり前のことをして職を失う社会に住んでいたなんて」(p.65)


言わずもがな、この会話が、駒崎氏自身の言葉を使えば、彼の

「人生のボディブロー」

となったことは間違いないだろう。


当然のことながら、そこからのキャリアは偶発性というよりも、
駒崎氏の努力に依るところが大きい。

スタッフ集めから、数々のビジネスプランコンテストや助成金申請、
商店街のおっちゃんたちや行政マンや政治家との出会い、衝突、
はたまた駒崎氏が仙人と扇ぐ、NPO業界の師や応援してくれるマスコミ人との出会いなど、
時には折れそうになりながらも、最後までやり通した事業家としての責任感は、
ほぼ同い年ということを差し引いたとしても、目を見張るものがある。

しかし、繰り返しになるが、その努力も全て、原点は大学時代の後輩の、彼の母親の

「たった一言」

から始まっているのだ。

要は、

「自分を変える、あるいは、結果として、チェンジメーカーとして社会を変えるものにできるかどうかは、
偶発的な一言を呼び寄せられるか、そして、呼び寄せた時に、自分に響かせることができるかどうか」


に掛かっているということ。

駒崎氏のこの処女作から私が一番感じたことであり、大学生に伝えたいメッセージはこの点に尽きる。

今後ソーシャルビジネスをキーワードに、社会を変えるを仕事にしたい人はもとより、
雇われる人生を選んだ人、NPOを仕事にしたい人も、ぜひ自らのキャリアを改めて見つめ直す、
ある種リトマス試験紙として、ぜひ本書のご一読をお薦めしたい。



最後に、駒崎氏の言葉でとりわけ響いた言葉を抜粋しておく。

これを読んでくれた方にとって、意味のある「一言」になれば幸いである。

「社会を変えるを仕事にできる時代」

「政治家や官僚だけが世の中を変えるのではない。気づいた個人が事業を立ち上げ、社会問題を解決できる」

「問題には常にそれを生み出す構造がある」

「国に(制度を)パクられて一人前」

「若いうちに決まるもの。それは技術や専門的な知識ではなく、心の構え」

「社会的な問題を世の中に向けて発信するソーシャルプロモーションが重要」

「ソーシャルベンチャーの唯一の武器は、明確な社会性」

「理念が信頼を生み出す」

「シンポジウムなどの集まりは、一種の世論形成とネットワーキングのため」

「考えるときは頭の中だけで考えてはいけない。必ず手も一緒に動かすこと」

「この国にはまるで多様性がない。だからイノベーションが起きない。コップの中の嵐(中略)で叫んでいても、
彼らは一般人を、つまり自分たちとは違う種類の存在を巻き込めていない」

「日本は、ダメ出し社会」

「日本社会の役に立ちたい」

「人生のボディブロー。人生には、その当日自分が感じた以上の強い影響を、後々まで与える事件や体験がある」
  

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2012年06月21日

『やりたいことがないヤツは社会起業家になれ』(山本繁)

山本繁『やりたいことがないヤツは社会起業家になれ』メディアファクトリー、2009



刺激的なタイトルである。

これはおそらく出版社(編集者)の意図であろう。

決してこれは嘘ではない。

しかし、このタイトルを鵜呑みにするのは、やや早計である。

もう少し正確に言えば、いくばくかの論理の飛躍がある。

ここにタイトルの面白さがあり、翻って、落とし穴がある。

したがって、

「文間」

を読まねばならない。

あるいは、

「十分条件」

を併せて考えなければならない。

これがまずタイトルからの感想である。


本書はこのような構成となっている。

・プロローグ
・PART1 やりたいことが何もない!
・PART2 社会起業はビジネスだった ―神保町小説アカデミー―
・PART3 社会起業じゃ稼げない!? ―オールニートニッポン―
・PART4 ようやく黒字に ―トキワ荘プロジェクト―
・PART5 新たな挑戦 ―日本中退予防研究所―
・PART6 社会起業家になりたい人へ ―はじめの一歩―
・エピローグ

冒頭で書いたことの根拠となるのは、PART1で紹介される、氏の次の2つの哲学である。

  「やりたいことがないなら、人のやりたいことの手助けをすればいい」(p.18)
  「お金があることよりも、プライドを持って 仕事をやっていることの方が幸せ」(p.50)


結論を急げば、これこそが、タイトルの補論・補完となるメッセージであろう。

あえて言語化すれば、

「起業とはあくまで「必要条件」であり、自らの失敗体験・挫折がその「十分条件」である」

ということである。


私がこのように思うに至った背景を、以下で、もう少し解説してみる。


氏は大学を5年間通っている。

その理由は、おそらく大学1年の時の不動産投資会社の起業経験であろう。このことは、

  「三年の前期は、授業にたった4日しか出席しなかった」(p.38)

という記述からも確認できる。

そして、この起業経験こそが、タイトルのもう一つのメッセージにもつながっている。

すなわち、

・明確なミッションがないまま、時代の流れやブームにのり、起業したため、ひょんなことから緊張の糸が切れ、
 最後は折れた心が元に戻らず、1年で開店休業、廃業となった。

・しかし、この経験こそが教訓となり、その後の様々な事業化の反面教師の材料となった。


という2つの事実、気づきである。

私の好きな言葉に、

「傷つき、気づき、築く」

というのがあるが、まさにこのようなことである。


ここで帰納法的にもう一つエピソードを足してみたい。

氏は5年生のときに、就活したり、卒業していく学生を横目に、
一人で東京は南に1000キロのところにある小笠原諸島に

「自分探し」

の旅(アルバイト)に出ている。

その成果は次のように綴られている。

  「小笠原に来て、すでに1ケ月近くが経っていた。それだけ考え続けてもなお、
  やりたいことは「何もない」が結論だった」(p.27)


そして、旅の終わりには、自殺未遂の逸話も出てくる。


少し話が脱線するかもしれないが、先進諸国と言われる我が国日本は

「年間3万人が自ら命を落とす自殺大国」

でもある。

さらに心が痛いのは、そのうちの

「100名前後が、就活がうまくいかないことを理由に自殺をしている」

という事実。

たかが0.3%?

それとも

0.3%も?

私はこの数字は決して少なくない、悲しい数字だと思っている。


話を戻すと、氏もある種、この一歩手前まで行ったことがうかがい知れる。

ここまで書けば、先ほどの

「十分条件が自らの失敗経験、挫折経験である」

と私が思うに至った理由をお分かり頂けるだろう。


さて、それでは、PART2~PARA5はどのような意味を持つのだろうか。

それは、先の「傷つき」「気づき」からの回復の過程であり、「築き」「成長」のストーリーである、と言える。

・神保町小説アカデミー
・オールニートニッポン
・トキワ荘プロジェクト
・日本中退予防研究所


この順に、社会問題への解決のアプローチが

「ホップ・ステップ・ジャンプ」

と進化している。

プロジェクトとは、いわずもがな

「プロ(前に)+ジェクト(描く)」

であり、問題の先送りではなく、解決策を、前へ前と描くことが重要である。


その意味で、氏のプロジェクトは、まさに

「ニート・引きこもり・中退(予防)」

といういわゆる社会的に弱い立場におかれやすい人々に対し、真摯かつポジティブに向き合い、
オリジナルな仕組みを通して、社会をチェンジしている感がある。

このダイナミズムはぜひご一読いただき、自ら体感いただきたい。


最後に、全体を通して、心に残った言葉をいつくか書きとどめておきたい。

  ・「社会を変えるを仕事にする」

  ・「大事なことは、働き始めることよりも、働き続けること」

  ・「社会起業家は、社会問題におけるニーズの代理人」

  ・「全ての仕事は、誰かを、何かで、笑顔にすること」

  「大事なのは自己実現ではなく、共感」


やりたいことが見つからない大学生の皆さんも、社会起業家を志す皆さんも、
ぜひ本書をお読みいただき、自らの哲学や軸を再確認し、
やりたいことを見つける、あるいは、起業するためのヒントとして頂きたい。


すぎおか拝  

Posted by 杉岡 秀紀 at 00:00Comments(3)大学生に薦めたい一冊

2012年06月13日

京都中小企業家同友会「第10期 同友会大学 特別講座」

京都中小企業家同友会「第10期 同友会大学 特別講座」

日 時:6月13日(水)午後6時受付 6時30分~9時
会 場:京都府立総合社会福祉会館「ハートピア京都」4F
講 師&ファシリテータ:杉岡秀紀氏(京都府立大学公共政策学部講師¥/同志社大学政策学部嘱託講師)
テーマ:京都から繋げたい「学ぶこと」と「働くこと」と「生きること」
主 催:京都中小企業家同友会 文化厚生委員会
費 用:1,000円(資料代金として)
URL :http://www.kyoto.doyu.jp/
その他:本講座は京都中小企業家同友会の講座及び京都府立大学公共政策学部基礎演習・専門演習、同志社大学政策学部アカデミックスキルの講義の一環として開講します。  

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2012年06月07日

京都府立大学京都政策研究センター「下鴨サロン」

京都府立大学京都政策研究センター「下鴨サロン」

日 時:平成24年6月7日(木曜日) 18:30~20:00
場 所:京都府庁
主 催:京都府立大学京都政策研究センター
講 師:杉岡 秀紀(京都府立大学公共政策学部講師/京都政策研究センター企画調整マネージャー)
テーマ:京の公共政策教育最前線~教育の地域力と地域の教育力~
定 員:30名程度
その他:参加費無料。ただし、当サロンの参加者は京都府職員と京都府立大学教職員のみに限ります。
URL  :http://www.kpu.ac.jp/category_list.php?frmCd=26-0-0-0-0   

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2012年06月01日

「生き方教育研究会」講演

「生き方教育研究会」

日 時:平成24年6月1日(土曜日) 13:30~17:00
場 所:ふらっとねやがわ
主 催:生き方教育研究会
講 師:杉岡 秀紀(京都府立大学公共政策学部講師)
テーマ:大学と社会との関わり方~大学生のうちにやっておきたいこと~
定 員:30名程度
その他:参加費500円
申込み:takaaki.miyauchi.1@f​acebook.com まで  

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