プロフィール
杉岡 秀紀
杉岡 秀紀
1980年、奈良県生まれ。2003年同志社大学経済学部卒業、2007年同大学大学院総合政策科学研究科博士前期課程修了。2009年同博士後期課程退学。臨床政策学者。周旋家。2016年から福知山に移住。

専門は、公共政策、地域政策、地域公共人材論、大学まちづり論、NPO論、大学評価論。

大学時代から環境問題、まちづくりに関心を持ち、2003年にまちづくりNPO「きゅうたなべ倶楽部」を主宰(発起人)。地域に開かれた大学祭の創造や商店街活性化、フリーペーパーの発行・産学連携ITプロジェクト・商品開発・リユースフェアなどのコミュニティビジネスを武器に京都府南部地域におけるまちづくりに取り組む。

2007年からは、いったん地域から離れ、霞ヶ関(内閣官房)へ。行政改革推進本務事務局にて、社会保険庁改革に従事する。

同志社大学政策学部嘱託講師(2009〜2014)、一般財団法人「地域公共人材開発機構」事務局総括(2009〜2012)、京都府立大学公共政策学部講師・地域連携センター副センター長(2012〜2016)を経て、2016年秋より福知山公立大学地域経営学部准教授。京都府立大学京都政策研究センター特任准教授。

社会貢献活動として、龍谷大学地域公共人材・政策開発リサーチセンター 客員研究員、一般財団法人地域公共人材開発機構常任理事、一般社団法人社会的認証開発推進機構評議員、NPO法人グローカル人材開発センター理事、NPO法人京都子どもセンター監事、きゅうたなべ倶楽部アドバイザー、真庭市政策アドバイザーなどを務める。

主な著書は、『地域力再生の政策学』(ミネルヴァ書房、2010年、共著)、『地域貢献としての大学シンクタンク』(公人の友社、2013年、編著)、『地域公共人材をつくる』(法律文化社、2014年、共著)、『住民自治を問いなおす』(法律文化社、2014年、共著)、『もう一つの自治体行革』(公人の友社、2014年、編著)、『持続可能な地域実現と大学の役割』(日本評論社、2014年、共著)、『地域力再生とプロボノ』(公人の友社、2015年、編著)『地域創生の最前線』(公人の友社、2016年、編著)、『自治体政策への提言』(北樹出版、2016年、共著)など。

大学時代(2000年)に結成したバンド「シカゴプードル」では、2003年に京都学生祭典(KYOTO STUDENT MUSIC AWARD)でグランプリを受賞。2004年にCDデビューも果たした(2006年に卒業)。

【HP】 http://sugiokahidenori.jimdo.com
【ブログ】http://e013.dgblog.dreamgate.gr.jp/
【facebook】http://www.facebook.com/hidenori.sugioka/

【主な受賞歴】
2002年 「REALIZE In Kyoto(京都府南部地域における学生による地域政策・ビジネスコンテスト)」グランプリ受賞
2003年 「京都学生祭典 全国学生音楽コンテスト(kyoto student music award)」グランプリ受賞(Chicago Poodle)
2003年 「同志社大学育英賞」受賞
2004年 「エコ京都21」認定(きゅうたなべ倶楽部)
2004年  関西文化学術研究都市「都市びらき10周年」感謝状授与(きゅうたなべ 倶楽部)
2005年  内閣府「生活達人」認定
2005年  京都人間力大賞ファイナリスト
2007年  日本都市計画家協会「全国都市再生まちづくり会議」奨励賞受賞(きゅうたなべ倶楽部)
2012年  京都府「明日の京都」推進特別賞(地域公共人材開発機構)
2013年 「第7回全国大学まちづくり政策フォーラム」優秀賞受賞(杉岡ゼミ)
2013年 「第9回京都から発信する政策研究交流大会」優秀賞(杉岡ゼミ)
2014年 「京都府立大学学長賞」受賞(杉岡ゼミ)
2014年 「第10回京都から発信する政策研究交流大会」京都市長賞、優秀賞受賞(杉岡ゼミ)
2014年  2013年度京都府創発事業認定(京都丹波・写ガール隊)
2015年 「第9回全国大学まちづくり政策フォーラム」優秀賞、政策マネジメント研究所賞受賞(杉岡ゼミ)
2015年 「2015年京都丹波観光プランコンテスト」優秀賞受賞(杉岡ゼミ・京都丹波・写ガール隊)
2016年 「第4回 京の公共人材大賞」奨励賞受賞(京都丹波・写ガール隊)
2016年 「第10回全国大学まちづくり政策フォーラム」優秀賞、政策マネジメント研究所奨励賞受賞(杉岡ゼミ)
2016年 「京都府公立大学法人 理事長表彰」(京都丹波・写ガール隊、地域連携センター学生部会かごら)
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2014年05月20日

未来も気から

「シナリオ・プランニング」



http://www.amazon.co.jp/シナリオ・プランニング――未来を描き、創造する-ウッディー・ウェイド/dp/4862761658/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1400591114&sr=8-1&keywords=シナリオプランニング

の著者

「ウッディ・ウェイド」

氏が来日される、ということで、弾丸ツアーであったが、
東京は秋葉原にあるUDXビルのイベントに参加したきた。



http://scenario-planning.peatix.com

このイベントは、ウッディさんだけでなく、経営コンサルタントである

「神田昌典」氏

とイノベーション・ファシリテーターであり、日本にフューチャーセンターを紹介した

「野村恭彦」氏

も登壇されるということで、何とも豪華な顔ぶれであった。



イベントのキーワードは

「未来」

「米国は9.11(空)のテロから予測できない未来を考える必要性に迫られた。
日本は3.11(陸・海)の大震災から予測できない未来を考える必要に迫られた」


これは神田さんが講演の冒頭でおっしゃったことが、何とも正鵠を得ていて、感慨深い。

私の好きな言葉の一つに

「傷つき、気づき、築く」

という言葉があるが、まさに未来志向、シナリオプランニングも

「まずはショック(マイナス)からしか始まらない」

ということだろう。


以下では、印象に残ったお三方の考え方の障りだけ、少し紹介してみたい。

(ウッディ氏)
・未来の変化の仕方は2つある。1つは、とてもゆっくりゆっくり変化していく。一つ一つの変化は小さいが、トータルで考えると大きい。
 他方は、とても早い変化。しかも、この変化は急激に人々の価値観や生活様式、社会を変える。

・多くの人は未来を直線で考える。しかも、右肩あがりで考える。しかし、実際には別のシナリオ(ポジティブ・ネガティブ)がある。

・未来の点を線で考える限り、点は線の上しか動けない。しかし、実際は、線ではなく「コーン」のような面で紘がる。

・全てのものが変わる、常に変わる。なので、何らかの準備が必要である。


ウッディ氏の仰ることは日本でも昔から平家物語よろしく

「無常観」

という文脈で紹介され、実感してきた。

つまり、決して新しい考え方ではないのが、新しく聞こえる辺りが麻痺しているということなのであろう。

(神田氏)
・未来はあなたの現実認識により形になる。

・ストーリーが新しい現実を引き寄せる。ストーリーが新しい自分を創造する。

・希望の未来を確信し行動し続けるのは大人の義務である。


神田氏のお話はいわゆるナポレオン・ヒルが説いた

「思考が現実化する」

という考え方に近い。しかし、それとどこが違うのかというと、やはりそれは震災が起点となった

「主語」

すなわち、個人ではなく、全世界に対して

「我々一人ひとり」

ができることを説いた点にある。

また、空理空論ではなく、携帯(IT)の普及を受けての
現実に動く現在進行形のプロジェクトを想定しての問いかけであった点がポイントと感じた。

「皆さんは2020年に戦争はなくせると思いますか?飢餓や貧困はなくなると思いますか?」

講演の中で神田氏は幾度か言葉を詰まらせながら、問いかけた。

「私はなくせると思います」


そう、この言葉こそが神田氏が言う現実認識である。


(野村氏)

・今まで色んな企業の支援はしてきた。しかし、自分たちの手で未来を作ってこなかったのではないか。

・他人の意見(多様な意見)に耳を傾けると未来は変わる。

・企業と地域と社会の真ん中に位置し、セクターを超える。

・一人が「助けて」と手を上げれば、みんなの居場所と出番が増える。


野村氏の話をお聞きするのは、氷見以来であったが、さまざまな地域での

「フューチャーセンター」

の国内事例を踏まえての現在進行形のお話であっただけに、
参加者も一番イメージがしやすかったかもしれない。


以上である。

お三方ともバックボーンも違えば、フィールドも違う。

しかし、共通点があった。

それは、冒頭ではマイナス(ショック)からしか始まらない、
と書いたが、そこで終わるのではなく、その次に

「未来を諦めないこと」

この1点に尽きる。

止まらない少子高齢化、先行きが見えない年金制度、膨らみ続ける医療負担と借金
いつくるか分からない災害、不安定な政治情勢などなど、挙げだせばキリがないくらい
未来への不安はある。

だからこそ悲観するのではなく、

「課題をみんなで共有し、みんなで解決できる方法を考える」


このやる気、根気、元気が大事である。

まとめれば、

「未来も気から」

となるだろうか。

とにかく

「気」

が大切である。

そんな平凡な感想で恐縮だが、
大事なことはやはりシンプルなのである。


平成26年5月20日

杉岡 秀紀 記
  

Posted by 杉岡 秀紀 at 00:00Comments(0)杉岡日記より

2014年05月18日

テルマエロマエⅡを見ての雑感

『テルマエ・ロマエⅡ』



を鑑賞してきました。

「Ⅰ」が面白かったので、その続編ということで見ない訳にいきませんでした笑。


内容はネタバレになりますので、あまり書きませんが、いくつか関連で思った雑感を書いてみたいと思います。


①「草津=●●」について

本映画では、群馬県の「草津」温泉が舞台として出て来ます。

関西からすると

「草津=滋賀」

なのですが、関東では

「草津=群馬」

のイメージですよね?

なので、頭では分かっているものの、

「草津温泉」

という文字を見たときに、関西人(その中でも特に草津温泉に行ったことがない人)は

「あれ?滋賀の草津に温泉なんてあったっけ?雄琴温泉でもないし」

と思ってしまうからやっかいでした笑。

こういうのは大阪の茨木と茨城県の茨城、大阪の日本橋と東京の日本橋の間でも起こっていると思いますが、

「思い込みって本当に怖いな〜」

とつくづく再確認した次第です。


②「おんせん県=●●県」について

同じような話ですが、香川が「うどん県」を宣言したことを受け、大分が

「おんせん県」

を申請していたニュースを思い出しました。

私は母方が大分なので、

「おんせん県=大分」

で違和感がないのですが、これも関東の方では

「おんせん県=群馬県」

ということで、おんせん県は一つの県に特定できず、という理由で確か却下されたと思います。

いやはや、しかし、これも基本的には、思い込みがなす業(わざ)ですよね。。


③「お風呂=●●」について

テルマエロマエのテーマはお風呂であり、古代ローマのお風呂文化と日本のお風呂文化は近い訳ですが、
ふと日本を離れると、

「お風呂=浸かる」

文化がスタンダードでないという事実があります。

もっと言えば、日本は

「きれなお湯につかる文化、温泉では裸で皆で浸かる文化」

ですが、たとえばアメリカはよく映画で出てくるようにシャワー文化ですし、お風呂が出て来ても
泡だらけです。

また、お隣の中国でも、銭湯のようなものはありこそすれ、下着をつけて入る文化です。

そう思うと日本というのは、本当にお風呂文化についても、本当に独自の文化を作ってきたことが分かります。

ちなみに私は小さい頃からよく父親に銭湯に連れていってもらい、色んな人を見、また交流してきた経験から、

「銭湯=公共空間」

という意識がはっきりと体に染み付いていますが、これもきっと独自の面白い文化なのだと思います。

ともあれ、島国がそうさせたのか、鎖国がそうさせたのか、その背景はよく分かりませんが、
とかく

「お風呂一つからも色々と面白い気づきがあるなぁ」

というのが本日の投稿の主旨です。


というわけで、これ以外にもいろいろと発見があると思いますが、
ぜひそれは見てのお楽しみということで。


平成26年5月18日

杉岡 秀紀 記




  

Posted by 杉岡 秀紀 at 00:00Comments(0)杉岡日記より

2014年05月15日

【書評】『ソーシャルデザインの教科書』

【書評】村田智明『ソーシャルデザインの教科書』生産者出版、2014



「天武天皇が見すえたその知恵こそ、日本の国づくりにおけるソーシャルデザインの原形」(p.9)

この一行だけでピンと来た方は相当鋭い方である。

というのも天武天皇の時代には当然ソーシャルデザインという言葉はなかっただろうし、
また天武天皇の輝かしい実績(壬申の乱での勝利、神道と仏教の融合、日本を国号にしたなど)からすれば、

「天武天皇=式年遷宮」

とすぐにつながる人はそう多くないだろうからである。

蛇足だが、昨年は伊勢神宮と出雲大社の式年遷宮が同じ年に重なったこともあり参拝者が急増。
お陰参り(お伊勢参り)だけで1000万人を超えた、とのニュースが流れたことも記憶に新しい。

オウムの一連のサリン事件以降、宗教アレルギーが続いていた我が国であったので、
ようやく心の安寧を取り戻しつつあるということであろうか。

本題に戻る。

繰り返しになるが、本書の筆者、村田氏は、この式年遷宮こそがソーシャルデザインの原形だという。

なぜか。

それは式年遷宮の周期(20年)と関係がある。

答えを明かせば、この式年遷宮というのは単なる宗教行事として存在するだけでなく、

「技術と文化を継承する人材と雇用を連綿と生み出しいてく仕組み」

になっている。

また、解体された社殿の木材は分社の方でリユースされ、環境面からも見てもソーシャルである。

つまり、言葉としては存在していなかったとしても、この仕組みはまさに

「ソーシャルデザイン」

と呼ぶにふさわしい、という訳である。


それでは、そのソーシャルデザインとは一体何か。村田氏はこう定義する

「単なる利益追求ではなく、社会貢献を前提にしたコトやモノのデザイン」。(p.18)

ただ、これだけではまだよく分からない。

ここで押さえなければいけないのが、

「デザイン」

という言葉を巡る解釈なのである。

なぜなら、デザインとはわが国では、

「図案、意匠」

と、非常に狭い意味で捉えられてきたので、
その狭い定義では、今回の式年遷宮の例は説明できないからである。

村田氏いわく、デザインの本当の意味とは、

「ある対象に生じる問題を解決するために、その対象や周囲との関係性を観察し、それをもとに思考や概念を組み立て、
さまざまな媒体に応じて分かりやすく記号化・可視化すること」(p.21)

だという。

この定義であれば、今回の式年遷宮がなぜソーシャルデザインと呼べるのか、合点がいくだろう。

また、今回の本題ではないが、このソーシャルデザインとはまさに公共政策とも言い換えられそうである。


と言う訳で、詳しい内容は実際に読んでのお楽しみということで、ここでは、

「ソーシャルデザイナーとしての問題解決するための7つのプロセス」

について、少し紹介してみたい。

①俯瞰:ジャンルを超えたあらゆる関係性を俯瞰によって抽出する。
②観察と発見:特定の時空や関係性の中から問題点や可能性を発見する。
③問題の解決:関係性を俯瞰しながら直感的な解決方法を見つけ出す。
④可視化:脳裏にあるソリューションイメージを可視化する。
⑤具現化:可視化したイメージを具現化するために様々なアプローチを行う。
⑥告知化:具現化した情報を伝え、広め、経済的に成り立つしくみを創る。
⑦ベクトル化:事例を多数ベクトル化し、社会にサステイナブルな営みを創る。


以上である。

本書では、「デザイン」という言葉をめぐる整理から我が国におけるデザインの親和性、優位性の話があり、
最後には教科書という名にふさわしく、事例編ということで、32の事例も紹介されている。

どれも見応えがあるので、ぜひ直接ご覧いただきたい。

ただし、ふと思ったのは、

「式年遷宮以上にインパクトやスケール感のあるソーシャルデザインはそう多くない」


という厳然たる事実である。

しかし、先人がつくった仕組みを乗り越え、新しい時代を切り開くのが我々現代人の役目でもある。

ぜひ未来の日本人に

「昭和・平成の時代の人たちってすごかったよね」

と呼ばれるようなソーシャルデザインをこれから仕掛けないと。

これが読後の最初の感想である。


平成26年5月15日

杉岡 秀紀 記


  

Posted by 杉岡 秀紀 at 00:00Comments(0)大学生に薦めたい一冊

2014年05月12日

祖母という先生から学ぶ

昨日は

「母の日と祖母の誕生日のダブルハッピーデイ」

ということで、地元に帰り、母方の親戚が久々に勢揃いし、お祝いに食事会を開催しました。



祖母がいなければ、母がいなく、母がいなければ、私は当然いない訳で、
杉岡家ではとかく、こういう誕生日行事を大事にする文化があります。

祖母は昭和7年生まれで今年で82歳になりました。

同級生としては元東京都知事で現衆議院議員の石原慎太郎さんや作家の五木寛之さんがいたりして、
まだまだ若いイメージがあるかもしれませんが、いつの時からか祖母はアルツハイマーになり、
時々私の名前すら忘れるようになりました。

でも、そんな祖母がみんな大好きです。

なぜか。

それは、今の祖母から学ぶべき点が沢山あるからです。

せっかくの機会ですから少し列挙してみたいと思います。


①地域を愛する気持ちが大きい。

祖母は大分生まれの大分育ちですが、ここ30年は奈良にいます。

ただ、いつも出てくる話題は大分の話ばかり。

ここまで大分の話をする理由は一つ。

郷土を愛しているからでしょう。

この郷土愛、地域愛は地域を研究するものとしては、頭が下がると同時に誇りに思います。


②悪口を言わない、言われない。

私は祖母と出会ってまもなく34年。記憶があるだけで30年強の歳月が立ちましたが、
今まで一度たりとも祖母が人の悪口を言っているところを聞いたことがありません。

また逆に、祖母の兄弟や親戚などから祖母のことを悪くいう声も聞いたことがありません。

これは想像以上に言うは易く行うは難いですよね。

まさに他人は自分の鏡、自分は他人の鏡です。


③とにかく働く

昔はホテルで清掃の仕事をしており、学校帰りに祖母が働く姿を見たことがあります。

それから約20年経ち、たまたまそのホテルが廃業する直前に
ホテルの支配人と祖母の仕事ぶりについて聞く機会がありました。

その時にその支配人から出て来た言葉は

「西村さん(祖母)はとにかくまじめに働く人でしたよ。今でも覚えています」

という言葉。

もうやめて四半世紀以上経つと思いますが、この言葉を聞いたときに自分自身も
兜の緒をいま一度締めたことを思い出します。

つまり、評価というのはその時だけでなく、

「未来の評価」

もあるということ。

評価のためにがんばるんは本末転倒ですが、未来にまで評価されることは少なくとも意識しないと、
と改めて考えさせられた瞬間でした。


④自慢をせず、常に人のことを優先する。

祖母は小学校しか出ていません。

また決して由緒ある家系や裕福な家系に生まれた訳でもありません。

戦争も経験し、ものがない時代も経験しています。

なので、自慢できるものの絶対量が少ないという見方もあるかもしれません。

しかし、もしそういう自慢できるものがあったとしても、祖母は全く自慢するようなことはしないと思います。

謙虚という言葉でもなく、何といいいますか、とかく常に自分よりも相手を考え、優先する人なんです。

これがなかなか頭では理解できますが、難しい。

頭が下がります。


⑤とかく毎日笑顔と感謝。

日本も長寿社会に入りました。

その意味では、いろんな長寿の秘訣といこともまた多く語られるようになりました。

たとえば、多品種の食がいいとか、肉がいいとか、新聞を読むのがいいとか、
仕事をし続けるのがいいとか、運動がいいとか、恋愛がいいとか云々。

しかし、一番重要なことは

「笑顔と感謝」

これに尽きるのではないでしょうか。

祖母は本当によく笑います。

アルツハイマーになってもギャクも言いますし、
面白いものを見れば笑います。

医学的は分かりませんが、お笑い学会というのもできたくらいですから、
少しは科学的な側面もあるのでしょう。

ともあれ、これがアルツハイマーの進行を遅らせるだけでなく、
我々の家族、親族の

「コミュニケーションの潤滑油」

にもなっています。

「幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せになる」

という言葉がありますが、まさにこの言葉は祖母にピッタリの言葉です。

そして、感謝の気持ち。

意外と近い人に「ありがとう」を言うは照れくさいものです。

ただ、私が一緒に住んでいた時も祖母はいつも

「今日も一日元気でおいしいご飯食べられてありがたいなぁ」
「今日も一日ありがとう」

感謝の言葉を口にしていました。

私が毎日

「希望に起き、努力に生き、感謝に眠る(希望・努力・感謝)」


と題目のようにつぶやくようになったのも決して偶然ではなく、
祖母の影響もあるのでしょう。

ともあれ、そんな祖母だから、皆がスケジュールを空け、心から祝いたいと思うのです。


祖母は昨日のことは昨日のうちに忘れます。

普通であれば、どうせ忘れるならこのような場は意味がないと思うかもしれません。

しかし、杉岡家はそうは思いません。

写真を見れば、かすかな記憶として思い出すことがありますし、何よりも
家族がそれを理解し、

「今(瞬間)」

だけを切り取れば、アルツハイマーは関係ないのです。

だから、その笑顔のために、息子・娘・孫たちはいつも祖母のために次に何を出来るかを考え続けるのです。


これからも祖母が元気な限り祖母に恩返しを続けたいと思いますし、
また、同時に祖母という人生の先生から色々学び続けたいと思います。

先生とはまさに

「先に生まれる」

と書きますから。


人生我以外皆師匠。



平成26年5月12日

杉岡 秀紀 記
  

Posted by 杉岡 秀紀 at 00:00Comments(0)杉岡日記より

2014年05月08日

教養は大切なり。

今月の

「クーリエ・ジャポン(6月号)」



の特集テーマは

「楽しく学ぶ教養入門」

であった。

教養の重要性は言うまでもないが、ここで紹介されている先人の言葉が一言で言い当てている。

アリストテレス「全ての人間は生まれながらにして知ることを欲す」
ゲーテ「一つのことを正しく知りかつ実行することは、百通りのことを半端にやるより高い教養を与えるものである」
デカルト「良き書物を読むことは過去の最も優れた人々と語り合うようなものである」
アインシュタイン「学べば学ぶほど、自分が何も知らなかったことに気づく。気づけば気づくほど、また学びたくなる」
孔子「学べば則ち固ならず」
ガンジー「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ」
ドラッカー「マネジメントとは、まさに伝統的な意味におけるリベラルアート、すなわち、一般教養でなければならない」
太宰治「教養の無いところに幸福なし」


ところで、教養は「なぜ」学ぶべきなのであろうか。
またそのメリット(効用)とは一体なんであろうか。

シンプル(ポジティブ)に考えれば、それは

「人生を豊かにしてくれるから」

ではないだろうか。

私の母校に

「Learn to live, Live to learn」

という言葉が残っているが、まさに、である。


ただ、最近はもう一つの側面からも注目されていると思う。それは、

「複雑・多様化・高度化する社会課題に応えるためには専門知識・専門家だけではもはや不十分な時代に突入している」

ということである。

つまり、単独のアクターやセクター、専門家だけ解決できるほど単純な課題はなくなり、
まさに多くのアクター、セクターを巻き込んで、全知(教養)を投入せざるを得なくなったという時代認識である。

最近急速に広がっている

「新しい公共論/マルチセクター論」
「フューチャーセンター(フューチャーセッション)論」
「ダイアログ論」


などの動きもまさにこの象徴である。


それでは、教養とは「いつ」あるいある「いつまで」学ぶべきなのであろうか。

前者の答えは簡単である。それは

「死ぬまでずっと」

である。

かの相田みつを氏は

「一生勉強、一生青春」

という言葉を残し、宮本武蔵は

「我以外皆師匠也」

という言葉を残した。

このように死ぬまでずっと、そして自分以外の人を皆師匠と思い、
愚直に学び続けることが大事である。


さて、ここで一つ我が国の教養教育をめぐり気になることが2点ある。

それは

①「現在の大学では教養教育が必ずしも重視されていない」
②「生涯教育=老後のカルチャースクールと理解されている」


という事実である。

①についての責任ははっきり申し上げて、文科省の政策変更にあると思う。

具体的には1991年の

「大学設置基準の大綱化」

である。

この政策変更により、大学教育の中では、教養教育よりも専門教育を重視する方向に大きく景色が変わった。

つまり、1991年以降、各大学では、教養学部はなくなり、教養教育のための教員も各学部(専門教育)に散らばった。
結果として、多くの大学では

「教養=パンキョ–=語学・体育・パソコン・その他関心はないが卒業に必要な自学部以外の科目」

という位置づけに成り下がってしまったのである。

最近こそ

「国際教養大学」
「国際基督教大学の教養学部」


の活躍で再び「教養教育」が脚光を浴びている面もあるが、全体としてはこの地位(重要性)はまだ回復していないだろう。


②については、我が国において実体的にも空気的にも

「学歴社会=学校歴社会」

となっていることが大きな原因であると考える。

目を海外(たとえば英国)に転じると

「生涯学習(Life Long Leraning)=人生のいつからでも学び直しができ、職業にもつなげられる」

という理解、また社会構造があり、一部のエリート大学は別にしても、

「学歴=学習歴」

と成り得ている。しかし、これが日本になると、とたんに

「生涯学習=老後のカルチャースクール」

となってしまう。

何とももったいない話である。


そこで、やや手前味噌になるが、今日は京都の取組みを二つご紹介したい。

一つは、①に対する取組みとして、本学(京都府立大学)では今年度から

「教養教育の共同化」

http://kyoto3univ.jp

という取組みがはじまった。具体的には

京都府立大学、京都府立医科大学、京都工芸繊維大学で教養科目を持ち寄り、共同化し、
自大学以外の大学の教養科目も取れるようになった。

これは全国でも初めての取組みである。

もちろん、3大学で全ての教養が身に付く訳がないし、このような制度があっても利用は自由なので、
活用するかどうかは、学生次第である。

ただ少なくとも大学の教養教育は思い(意気込み)は学生たちに伝わると思われるし、
また、選択肢が増える(多い)ということは、学生にとってはプラスにつながるはずである。

あえて課題を挙げるならば、こうした仕組みを一つの社会貢献(地域貢献)として、
社会人にも門戸を開けるかどうかであろうが、これはキャパの問題もあり、すぐには対応が難しいものの、
最近のオンライン講義等の仕組みも取り入れれば決して不可能でない。


次に②については、

「地域公共政策士」


http://colpu.org

という地域公共人材のための地域資格を産学公NPOで開発し、そのための組織(財団)も作り、
実際に運用している。

資格取得者自体こそまだ「12名」だけだが、資格のためのプログラムの履修者はすでに「200名」を越えた。

ここで挑戦しているのが、まさに

「能力の見える化(学習歴)」

であり、この向かうべき方向が

「生涯学習社会」

である。

確かにまだ京都中心の動きであり、今後はどれだけ他地域に広がるかが課題であるが、少なくとも
「学校歴社会一辺倒」「生涯学習=カルチャースクール」という固定された構図に一石と投じられたと思う。

なお、この資格については、よりインパクトのある資格になるよう、現在フレームワークの見直しを行っている。

現行の資格みについては、拙著(共著)

『地域公共人材をつくる』



をご参照いただければ幸いである(笑)。


というわけで、今日は教養教育をめぐる言説をひもときながら、今日の教養教育の置かれている現況を概観し、
その中の課題解決に向けた京都の取組みをちらっとご紹介した。

これらの挑戦はいずれもまだ道半ばである、まだ検証できるタイミングではないが、
こうした教養の重要性を説く動きの追い風も受けながら、ぜひ

「教養は大切なり」

ということを発信し、取組みを続けたいと思う。
(なお、言うまでもないが、専門教育も教養教育と同じくらい大事である。念のため)


最後に、歴史上の人物ではなく、現在進行形で活躍する経営者の教養に対するメッセージで
本日の投稿を締めくくりたい。

「つまるところ人はそれまでの人生で選択したことの総体である(In the end, We are our choices)」
(ジェフ・ベゾス/アマゾン創業者)


平成26年5月8日

杉岡 秀紀 記
  

Posted by 杉岡 秀紀 at 00:00Comments(0)杉岡日記より

2014年05月07日

氷見視察③:視察&オーシャンツーリズムのススメ

最近

「クールジャパン」

という言葉をよく聞くようになった。

その前は、

「ジャパニメーション」

という言葉をよく聞いていたと記憶する。

そういえば、この前イギリスの大英博物館に訪れたときも日本コーナーは

「漫画」

が一番目立つ形で紹介されていた。

とにかく日本のアニメはもはや、

「anime」

となり、

「かわいい(kawaii)」

も世界共通語になった。

また、日本の最大の輸出コンテンツ産業にもなった。


そんな日本のアニメの先駆者となったお一人に

「藤子不二雄」さん

がいる。

正確には今回取り上げるのは、お二人のうち、藤本弘(のちのペンネーム 藤子・F・不二雄)さんではなく、

「安孫子素雄(同 藤子不二雄Ⓐ)」

の方だが、我孫子さんがお生まれになったのが、実はこの氷見なのである。


ということで、現在氷見市に行くと、藤子不二雄Ⓐ氏の足跡(正確には作品跡)がたくさんある。

たとえば、藤子氏がお生まれになった(住職の息子さん。しかしつがなかった)

「光禅寺」



このお寺では、入り口では分からないが、入ってすぐに藤子さんの作品(息子たち!)の

・忍者ハットリ君
・怪物君
・プロゴルファー猿
・笑うせぇるすまん


がお出迎えしてくれる。

まるで墓石のようだが、もちろん実在の人物ではないので、お墓ではない笑。




そして、商店街に繰り出すと、これらのキャラクターがカラーで等間隔で登場。







しまいには、郵便ポストの上やガレージ、看板(巨大壁画)や待ち合わせ場所でも発見できる。

まさに

「商店街まるごと藤子ワールド」










余談だが、やんちゃな子が書いたらどれだけ上手くても落書きとして怒られるが、
これを芸術家や芸大生が書けば

「アート」

として褒められ、商店街アートとなる。
(ダンスもホールの中で踊ればアートになるが、外で踊れば警察などに怒られる)

また「潮風ギャラリー」というところでは、原画の常設展やトキワ荘の復刻部屋、漫画閲覧ルームなども用意されており、
観光の拠点となっていた(大人200円)。



http://fuzikoworld.com/?page_id=28

ここでふと比較してしまうのが、ゲゲゲの鬼太郎は水木しげるさんで大成功した

「鳥取県境港市」。

境港には2、3年前視察で訪れたが、とにかくシャッター商店が一つもなく、
逆にどの店もゲゲゲグッズで商売繁盛している様子であった。


つまり、境港にあって、残念ながら氷見にないものが

「活気=人=観光客の数」

おそらく藤子不二雄さんのファンや漫画家志望の方はこちらにも多く来ていると察するが、
それだけではやはり盛り上がりが足りなさを感じてしまった。


そこで、逆にこの藤子ワールドだけで観光を考えるのではなく、昨日紹介した

「フューチャーセンター庁舎」

との融合した政策(戦略)をここでは提案したい。

つまり、

「視察ツーリズム」

の提案である。

このモデルはすでに武雄市(年200件の視察)で実証されているが、

「市役所に視察来てもらい、泊まってもらい、ついでに温泉に浸かってもらい、
地元でお酒も飲んでいただき、お土産も買って帰ってもらう」

という逆転の発想の戦略である。

一回の視察が平均3人として、一人が交通費を入れて5万円まちに落としてくれれば、

@50,000円×3人200回=30,000,000円

の経済効果となる。


ちなみに、私は今回の視察調査で

・ルートイン和蔵の宿(http://www.hotel-grantia.co.jp/himi/
・ラ・セリオール(http://la-seriole.net


という宿泊施設に泊まったが、どちらも温泉(露天風呂)付きで、また海の幸もおいしかった。

また、海からの立山連峰、朝焼け(日の出)は海のまちならではの最高のぜいたくさを味わえる。





さらにその海側には、

「ひみ番屋街」



という道の駅があり、ここでは

・温泉あり
・足湯あり
・回転寿司あり
・フードコートあり
・物販あり
・屋台あり


と一石六丁くらいの仕掛けがあった。つまり、ここにはすでに氷見のにぎわいの成功(先行)モデルがあり、
あとはこうした点と点をつなげ、面にする努力をすればいいのだ。


観光の成功ポイントは

・思い出
・おもてなし
・おもてなし
・おいしい
・おっ!(サプライズ)



「5O(GO!)」

だと私はかねてより申し上げてきた。

そして、その質を挙げれば挙げるほど、

「いちげんさんのリピーター化、またリピーターのファン化」

が可能になる。

今までの成功事例の真似をしただけでは、二番煎じになるが、

「組み合わせ方を変えればそれは新しい提案」

に変わる。


>旅行会社の皆さま

笑うせぇるすまんになりたかったら、

「視察&オーシャンツアー」

がブルーオーシャンかもですよ!

ニンニン笑。


平成26年5月7日

杉岡 秀紀 記  

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2014年05月06日

氷見視察②:「フューチャーセンター市役所」

「市民のつぶやきを形に」
「市役所を情報やものを積むだけの場所から、問題が集まり、課題解決できる場に」
「行政版の衆知経営をしたい」


昨年4月、15年ぶりの市長選を経て、氷見市長に就任した本川祐治郎氏はこのように語る。

普通パネルディスカッションというのは、司会かファシリテーターあるいはコーディネーターがいて、
市長というのは、冒頭や終わりの挨拶の挨拶役として、あるいはパネラーの一人として出るのが通例である。

しかし、5月6日の開庁記念イベントでは、様子が違った。

「●●さん、このワークショップではどんな議論がありましたか?」
「○○さん、今の意見に対してどう思いますか?」

市長は元プロのファシリテーター。

「ファシリテーターが市長に」

これだけでもニュースになりそうだ。


しかし、それだけでは終わらない。

ファシリテーター市長が行政のトップに就いて「お役所」が変わった。より正確には、

5月6日、元有磯高校の体育館や校舎が、再利用(リノベーション)され、

「日本初のフューチャーセンター市役所」

が誕生した。



人口減少、高齢化社会、産業構造の変化による一次産業の衰退、伝統産業の担い手不足、増える一方の借金など、
地方はどこにいっても、マイナスな話題でいっぱいである。

人口約5万人の氷見市とて例外ではない。現に高校が廃校となった。

そんな中での明るい話題で潰す話であなく、作る(創る)話。

それも20世紀型の公共事業のようないわゆる「ハコモノ」とは違う。

「顔が見える公共(施設)」

こんな形容詞がこのまちには似合う。

もう少し具体的に見てみよう。

たとえば二階はこんな感じ。



ここでは体育館の「天井が高く空調効率が悪い」という問題を解決するために、

「軽量のテナント幕を利用して船底形の天井」

を作り、

「情報発信の船出」

という意味が加えられた。

つまり、これ自体が課題解決の象徴でもあると言える。


また、一階部分にはいわゆる市民に一番身近なテーマのセクションを集め、「コンシェルジュ」も置き、
ワンストップで市民の課題に応える環境設定となっている。


次に真骨頂である「会議室」を見てみる。



ここはフロア全体の中心位置にあるだけでなく、ガラス張りで開放性がある。
また、壁一面がホワイトボードになっており、情報やアイディアが出せる環境が整っている。

もちろん材木部分は国産建材を使用。

こういうスペースをオフィスの一部屋として用意している企業や大学も増えて来ているが、
役所のセンター+ガラス張りとい組み合わせはそうないであろう。

現在は利用料金などがまだ決まっていないが、今後は行政職員だけでなく、市民がどのように利用するのか、
あるいはできるのか。これが問われていくことになる。

なお、市長室もこれと同じコンセプトでガラス張りとなっている。

次に「プレゼンテーションルーム」。



この形を見てピンと来た方は、家電フリーク笑。

そう、これは空調設備。これをホワイトボードで囲みつつ、自由に議論やプレゼンが出来る仕掛けとなっている。

最後は「キャンプ」と呼ばれる自由空間。



もちろんここで実際のキャンプファイヤーはできない笑。だだし、

「議論の火をつける」

ための空間であることは間違いない。そして、この部屋にはコンロや薪代わりに

「ワークショップツールボックス(名称はワークショップワゴン)」



が用意されている。


以上が概要である。もちろん課題がない訳ではない。たとえば、

・津波対策とはいえ、市役所が駅から遠くなった(1.2キロ)物理的な距離が心理的な距離につながるのではないか。
・サービス、サービスと言い過ぎては、逆に市民自治が育たないのではないか。
・カタカナが多くて、お年寄りには伝わらないのではないか。
・市民との対話が進むのは良いが、それがかえって議会軽視につながるのではないか。
・ハードから入ることによるメリットもあるが、逆にソフト(ノウハウや文化)や人がついてきていないのではないか。
・庁内でもこうした動きに全員が賛成している訳ではないのではないか。まずは職員内部のファシリテートが必要ではないか。
・市長が変わったら、また元に戻るのではないか。
・時代の移り変わりが激しい昨今において、この手法そのものが早晩時代遅れになるのではいか。


などなどは、今後想定される一般的な疑問であり、批判ともなろう。

中には単なる勘違いなもの、誤解、杞憂なものもあるが、本質的な問いもある。

しかし、いずれにしても、この問いに対して本川市長はご自分なりの考え方をお持ちであるし、
この問答(応答)一つひとつが

「対話のレッスン(ケース)」

になってくるだろう。


と言う訳で、私なりにまとめると、今回の氷見の事例は、つまるところ

「市役所のフューチャーセンター化」

により、市役所とは何かだけでなく、

・行政とは何か
・公共とは何か
・自治とは何か


という最も根源的な問い(正確には原点回帰)をいま社会に投げかけているところにある。


それはつまり、

・行政とは、上から言われたこと、ルールをただ執行するだけの機関ではない
・公共とは、官(公)だけで担うものではない
・自治とは、役所による団体自治だけではない


ということであり、

「市民こそが主役、主人公であり、市民のためにプロとして、一緒になって汗をかき、問題解決するのが公務員(公共)」

という確認でであろう。

また、

「トップが変われば、役所は変わる、まちは変わる」

ということを最も分かりやすい形で氷見市は示してくれたと思う。

これが今回の

「氷見モデル」

の最大の意義(地方自治への貢献)である。


ともあれ、こうして今までよく言われきた

「市民協働」
「庁内協働」


のための

「対話の装置」

が出来上がった。

その意味では決してゴールでもなく、まだスタート地点に来ただけで、
あとは活かすも殺すも職員、また市民次第である。

そして、ファーストムーバーとして、今後は視察なども受け入れつつ、
全国に水平展開する義務も背負ったことになる。
(個人的には今回のような動きが、自治体の最低限の標準装備になればと思っている)

最後に

「5月6日を氷見のフューチャーセンターの日にしたいね」

これは多彩な参加者によるフューチャーセッションでの本川祐治郎市長のつぶやき。

おそらくこのつぶやきも来年には有言実行されているだろう。


平成26年5月7日

杉岡 秀紀 記  

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2014年05月05日

氷見視察①:五箇山視察

GW最後は氷見視察に来ました。

なぜ氷見なのか?

それは、こちらのニュースにヒントがあります。

http://prw.kyodonews.jp/opn/release/201404240175/

つまり、

・高校など廃校の跡地利用・有効活用(公共施設のリノベーション・行財政健全化への貢献)
・庁舎のフューチャーセンター化(市民参加型のまちづくり)


を同時に達成し、

「ここでしかできないオンリーワンなまちづくり」

を展開されてようとしているのです。

この情報はたまたまfbで送って頂いた、昔からNPO業界でお世話になっている方からの情報提供で知りました。
(いつのまにかにNPOの方から公務員にキャリアチェンジをされていました。これもこれでまた掘り下げたいテーマです笑)

ちなみに氷見は、

「忍者ハットリ君に出会えるまち(商店街)」

http://fuzikoworld.com

で有名なまちでもあります。

というのも、ハットリ君の生みの親である

「藤子不二雄A」

さんの生家がここ氷見にあるのです。

鳥取県は境港市を知っておられる方は

「水木しげるロード」

を思い出すかもしれません。

その意味では

「商店街活性化のまち」

としても面白いまちですね。


また、氷見は

「海越しから立山連峰が望める絶景スポットのまち」

で有名なまちでもあります。


ただ、氷見はまだ着いたばかりなので笑、
今日は途中で訪れた氷見から一時間ばかり南に行ったところにある

「五箇山の菅沼合掌造り集落」
http://www.kitokitohimi.com/tourism-guide/view/viewpoint.html


















の様子をお届けします。

この合掌造り集落は8戸だけなのですが、1995年に、岐阜県白川村の萩町集落、平村の相倉集落とともに
ユネスコの世界遺産の「文化遺産」に指定されたものです。

もう約20年になるのですね。

日頃京都にいるものとしては、

「富山の美山町」

と思わず表現してしまうのですが、とても美しいまちでした。

世界遺産の条件は、


1.人類の創造的才能の傑作を現すものであるか。

2.ある期間を通じ、またはある世界の文化上の地域で、建築、記念碑的芸術、都市計画あるいは景観デザインの発展において、人類の価値の重要な交流の過程を示すものであるか。

3.いまも生きているか、あるいはすでに消滅した文化的伝統や文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠となるものであるか。

4.人類の歴史上の有意義なステージを例証する、ある形態の建造物、建築物の秩序ある集合、または景観の顕著な例であるものであるか。

5.ある文化を代表するような伝統的集落または土地利用の顕著な例であり、特に元に戻ることができないような変化の衝撃によって、すでに価値を損ねやすい状況に至っているものであるか。

6.世界的に著名な事件・伝統・思想・信仰・芸術作品・文学作品と密接に関係するものであるか。

そして、最後は

「真正性(authenticity)」

が問われるですが、一つ一つなるほど、と思うばかりでした。

写真にはありませんが、ライトアップや雪景色もきれいでした(ポスターで確認)。

そして、お食事処・お土産屋さん・茶寮などで観光と生活が密着している点や、
公衆トイレ、公衆トイレ、消火栓、駐車場などが全て景観に合う色あいに統一されていた点など、
素晴しいな〜と勉強になりました。


もちろん個人的には温泉もポイントアップでした笑。

というわけで一日目のレポートはこの辺りで。


平成26年5月5日

杉岡 秀紀 記
  

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2014年05月04日

【書評】『シナリオ・プランニング』

ウッディ・ウェイド『シナリオ・プランニングー未来を描き、想像するー』英字出版、2013








未来は誰にも分かりません。

しかし、

「だから考えても無駄」

なのではなく、

「だからこそ考える(想像する)」

ことが大事です。この

「現在のトレンドと今後の展開(未来のシナリオ)を組み合わせることにより、ある種の未来をより可能の高いものとして浮かび上がらせること」

を本書では、

「シナリオ・プランニング」


と呼んでいます。

たとえば、やや乱暴な言い方になりますが、これが上手くいった例としては

・アップルによる「i○○」旋風
・本田圭祐による「セリアA」入団


などが挙げらます。

逆に上手くいかなった例(ブラック・スワンと言います)としては、

・1914年から始まる第一次世界大戦
・2001年の9.11アメリカ同時多発テロ
・2008年のリーマンショック
・2011年3.11の東日本対震災


などが挙げられます。

またもう少しミクロレベル、あるいは経済だけで考えたとしても、

・ポラロイドの倒産
・サン・マイクロシステムズの買収
・スイス航空の破綻
・山一証券の倒産
・ビットコインの凋落


など枚挙にいとまがありません。

そして、悲しいかな、先月起こった

「韓国のセウォル号沈没事故」

もこの一例に追加しなければいけなくなりました。

ともあれ、

政治状況
・経済状況
・社会状況
・技術革新の状況


には不確実性があり、常に物事は最高の状態と最低の状態を想像することが大事です。


ところでこれは新しい概念なのでしょうか。

たとえば、行政・政治の世界では

「総合計画」や「想定問答」

というのを作ります。また、企業や大学でも

「中期計画」

を作るところが多い。

これなどはまさに狭い意味ですが、シナリオ・プランニングに入るでしょう。


また、イベントやドラマ、映画などで

「マニュアルや台本」

を作ることも多いですよね。これも一種のシナリオ・プランニングと言えます。

しかし、これらの多くは

「1パターンしか想定(想像)していない」

という意味において、本書におけるそれとは違います。なので、「狭義」あるいは「一種」のシナリオ・プランニングに過ぎない、となるのです。


では、本流のシナリオ・プランニングとはどうすれば良いのでしょうか。著者はこのようなプロセスを踏む事を求めます。

①課題を設定する。
②情報を収集する。
③未来を動かす「原動力(ドライビング・フォース)」を特定する。
④未来を左右する「分かれ道」になるような要因を見つける。
⑤シナリオを考える
⑥骨組みに肉付けをし、ストーリーを描く。
⑦シナリオを検証し、追加の調査項目を特定する。
⑧シナリオの意味を汲み取り、取り得る対応を決める。
⑨目印を探す。
⑩シナリオを観察し、更新する。


特にこの⑤については、最低でも

「4パターン」

を考える必要性が本書では強調されています。


なるほど、ですよね。確かたとえば

・地方分権や道州制のシナリオ・プランニング
・人口減少社会における都市部と限界集落(自治体)のシナリオ・プランニング
・Moocなどオンライン講義の隆盛時代における大学のシナリオ・プランニング


なども決してシナリオは1パタ–ンではあり得ず、最低でも4パターンくらいはすぐに描けそうです。


そして、そうした頭の体操をするがゆえに、リスク分散も考えられるし、また逆にさらなる戦略も考えられる、
という訳です。

その意味においては、この概念は、昔ドラッカーが言っていた、

「すでに起こった未来」

と相通じる部分がありますね。

そして、

「未来学者」

とも言われた

「アルビン・トフラー」

が予測してきた方法論もおそらくこれに近いはず。


いやはや、やはり行き着くところは、同じですね。

本日も勉強になりました。


皆さんもぜひ身近な未来から、遠い未来までぜひシナリオ・プランニングをしてみてください。

(まずは恋愛とか結婚とか、進学、はたまた健康問題、介護とかからスタートするのが最も分かりやすいケーススタディになりそうです)


平成26年5月4日

杉岡 秀紀 記  

Posted by 杉岡 秀紀 at 00:00Comments(0)大学生に薦めたい一冊

2014年05月03日

憲法第92条記念日?!

本日は、

「憲法記念日」

でしたね。

「終戦記念日」もそうですが、一年に一度でも、こうした一見難しいですが、
重要なことを考える日は必要だと思います。

ただ、今年の新聞各紙等を見ていても、その対象のほとんどは憲法の中でも

「第9条」

とりわけ今年は

「集団的自衛権の解釈論の是非」

を問うものばかりでした。

もちろん様々な角度から(特に立憲主義の立場から、また今日の外交・安全保障をめぐる外部環境の変化から)
この9条について国民的議論を重ねることが必要で、そのこと自体に異論はありません。

ただ、日頃は地域政策、とりわけ地方自治に関わるものとして強調したいのは、

「その他の条項についても注目をしてほしい」

ということです。地方自治関係であれば、

「憲法第92〜95条(第8章))」

がその主たる対象になります。

特に本日の地方(京都)新聞では、

「地方分権改革についての京滋首長の採点」

という記事がありましたが、このたびの(再)政権交代で、この分野が大幅に進展した実感はありません。

確かに国家公務員改革法案が通ったのは、私が霞ヶ関で働いて時からの悲願でありますので、
良いニュースだと思います。

他方で、昨年度の地方交付税の削減の名のもと地方公務員の給与の削減を強要した問題にしかり、
結論ありきの進め方が見え隠れする道州制基本法案や地方自治法改正案の進め方にしかり、
地方の話にも関わらず、国が主導で進めすぎている(国と地方の対話が足りない)きらいが気になっています。

このような国(これは現政権にはじまったことではなく、戦後からずっと)の進め方について、考える機会を与えてくれるのが、
この憲法第92条なのです。ここでは国と地方の意思決定について書かれています。

「第九十二条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」

ここで注目すべきは、

「地方自治の本旨に基づいて」

という箇所。ここでの地方自治とは一般論として、

「住民自治と団体自治」

のことを意味すると解されていますが、過去の国の法の制定過程を見ても、
この92条の精神がしっかりと担保された例はほとんどありません(地方自治法がその典型例)。

この問題については、拙著(共著)

『地方自治を問いなおす』(法律文化社)









http://www.amazon.co.jp/地方自治を問いなおす-住民自治の実践がひらく新地平-今川-晃/dp/4589035928

をぜひご覧いただきたくここでは割愛しますが(笑)、私個人としては、
増税後の景気の減退と同じくらい心配しています。

ちなみに、この問題をアカデミック分野のみに委ねてしまったことから、
地方自治の現場では様々な誤解が生まれています。

たとえば、

 ①自治 
 ②分権
 ③行政
 ④公共
 ⑤協働
 ⑥パートナー
 ⑦補完性の原理
 ⑧議員
 ⑨マニフェスト
 ⑩補助金
 ⑪情報
 ⑫新しい公共


という普通に使っているこれらの用語も、本来的、本質的な意味ではない解釈で
現場で使用されているのが現状です。

この内容についても、日頃の講義や研修のネタなので、ここではあまり書きませんが笑、
とかく

「憲法を考えるといったときに、9条問題だけに終止してほしくない」

というのが本日申し上げたいことです。

つまり、そういうことも含めて憲法を考える一日にしたい、してほしい、ということ。

それがもし無理であれば、

「憲法92条記念日」

を別に作る必要があります笑!
(しかも祝日が増えるダブルハッピー笑)


ともあれ、本日は地方自治をテーマに取り上げましたが、こうした指摘は
他の分野やキーワードでもあり得ると思います。

ぜひ狭い議論を全てと思わず、物事を別の角度や広い角度から見る癖を付けたいものです。

自戒を込めて。


平成26年5月3日

杉岡 秀紀 記

  

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2014年05月02日

【書評】「ザ・チーム」

齋藤ウィリアム浩幸『ザ・チーム』日経BP、2012










「チームの不在が、日本の一番の問題(It's the team stupid!)」(p.9)
「21世紀は巨大な組織に代わり、チームが主役になる時代」(p.46)
「日本には(中略)、立派な組織がたくさんあるが、それらはグループであって、チームでない」(p.110)
「日本人がチームを組めないのは、何も教育だけの問題ではなく、価値観を含めた社会構造に問題がある」(p.118)


著者の齋藤ウィリアム浩幸氏は日系の起業家。

飛び級、医学部卒業、10代で起業、幾度に渡る大きなビジネスの成功と失敗を経験され、
現在は日本の政府、企業、大学等でこの問題意識を投げかけれます。

日本と米国の両方知っておられる立場として、わが国を主観的にも客観的にも
見た視点でもあることにポイントがあります。

ところで、チームとグループとの違いとは一体なんでしょうか。

齋藤氏は以下のように説明します。

・チーム:互いに助け合い、補うことで目標が達成されることをメンバーが理解している集まり(p.132)
・グループ:あらかじめ決められた目標を遂行するために集められる集まり(p.131)

これだけではまだよく分からないかもしれません。

さらにチームの特徴を齋藤氏の発言から引用してみましょう。

「日本の組織(グループ)には多様性が欠けている。(中略)同質化した集団は、キャッチアップする時代には向いていたが、
イノベーションで闘っていかなければならない今のグローバルな世界には向いていない」(p.105)
「チームの前提条件は、お互いの弱みを知っていること」(p.126)
「チームを作ろうと思えば、自分と反対の人間をパートナーに選ぶ」(p.129)
「チームは失敗を許容する」(p.139)
「イノベーションはチームが担う」(p.156)
「6〜8人がチームとして最適規模」(p.128)


つまり、

「多様化」「弱点を知っている」「リーダーと自分と反対のパートナー」「失敗を許容」「6〜8人」

がチームのキーワードであり、これらのキーワードがあるのがチームであり、ないのグループ、分類します。

この定義に従えば、日本では「チームワーク」という言葉があるものの、もしかするとそれは
「グループワーク」かもしれない、ということですね。

この説明だけだと、まだ「?」と思われるかもしれません。

しかし、アップルやマイクロソフトにしかり、フェイスブックにしかり、日本で言えば、ホンダにしかり、ソニーにしかり、
チームで成功した企業にはこれは共通して存在することが分かります。

そして、私の分野に引きつけて言うならば、特徴あるまちづくりや自治体づくりをしているところにも、
経験則や実感も踏まえても、これは当てはまるように思います。

それでは、チームの重要性は理解したとして、具体的に個人としては何に留意したら良いのでしょうか。

齋藤氏は以下の3つを提言します。

①正しい問題を設定する能力(WHY思考、定義する力)
②広く浅い知識(=教養)
③幅広い人的ネットワーク


どれもどこかで聞いたことがある、シンプルな要素ですよね。

これは大学時代でも、社会人でも、いつでも意識さえすれば、
十分身につけられるものばかりです。

しかしながら、

「集団における既成の組織力が驚くほど強く、いったん組織の変更は、集団の崩壊なしには不可能である」(『タテ社会の人間関係』)

と言ったのは、文化人類学者中根千枝氏でしたが、約半世紀前立っても、
日本はまだグループが多いということは、やはりまだまだ構造的な壁があるということです。

今回も問題意識は共有できたとしても、言うは易く、行うは想像以上に難いことでしょう。

資源は有限ですが、課題は無限の日本。

そのために現在超えなければならない課題は山積ですが、まず自ら一人ひとりが

「目の前の組織をグループ重視からチーム重視に」

いかに視点を変えられるかということが大事になりそうです。


平成26年5月2日

杉岡 秀紀 記
  

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2014年05月01日

大学における人事(人材)交流の意義

大学における

「人事(人材)交流」

を考えてみると、そこには大きく3つの型が見えてくる。

一つは、「教員」の人事交流であり、自治体や企業から期限付きで招聘するパターンである(NPOもまれにあるかもしれない)。

このパターンでは、「客員●●」「特任●●」という肩書きで招聘するケースが多く、退職後に来られる方が含められば、
膨大な数になる(しかし、この逆はほとんどない…)。

二つ目は、「職員」による人事交流であり、特に国公立の場合は、省庁(文科省や文化庁)や自治体(都道府県、市町村)の
人事異動の一環で招聘(派遣)するケースが多い。こちらは比較的相互交流がある。

三つ目は、「学生」による人事(人材)交流であり、一番多いのは交流協定を結んでいる国内外の大学同士の学生の行き来である。
これも双方通行性があることが多い。また、近年では、職員研修の一環として大学院入学ができるところも多くなった(国家公務員の場合は留学)。

ともあれ、こうした

「外からの風」

が入ることで、組織に新陳代謝がもたらされる。


ところで、わが京都府立大学もこの全ての交流があるが、今日は①について少し掘り下げてみたい。

本学公共政策学部では、開学当初から

「派遣教員」

として、2年間、自治体の最前線で活躍する京都府の公務員の方を招聘している(京都府から見れば派遣)。

今年でちょうど5人目となり、過去には博士号を取得された派遣教員もおられた。

ともあれ、この派遣教員の方の存在は公共政策という学問と親和性が高く、
また公立大学という地域貢献型の大学の魅力をさらに輝かす役割を担って頂いている。

より具体的に言えば、昔の大学は象牙の塔でもやっていけたが、大きく時代が変わる中で
従来の「教育・研究」に加えて、

「地域貢献」

という新たな(3番目の)ミッションが大学に付け加えられた(根拠法は、学校教育法、教育基本法)。

つまり、現在は3つのうちのどのミッションをとっても、地域との関わりは不可欠になった。
(また、公共政策学という学問分野の性質からしても、そもそも自治体とのつながりが必要不可欠)

そうした時代の変化を踏まえ、派遣教員の方が持つ

①専門性(行政全般、また分野別)
②コーディネート力(内外とも)
③事務力


というのは、

「あったらいいな」から「なくてはならない」へ

にレベルが昇華した、というのが私の認識である。

それが証拠に、2003年以降我が国で広がった

「専門職大学院」

では、

「実務家教員」

が義務づけられているが、本学も含め、そうでない大学でも
こうした派遣教員の受け入れというのが国公立大学を中心に広がり、
全国で活躍されている。

本学でも実際、

・教育:新入生ゼミ、実習系科目(インターンシップ)、自治体特殊講義(元知事・客員教授とのコラボ)など
・研究:地域貢献型特別研究(自治体)、協働研究(府)、受託研究(自治体・企業)、ブックレットの執筆、報告書のとりまとめなど
・地域貢献:学内外のコーディネート(相談窓口)、自治体との懇談会、外部資金の獲得業務など


と3分野すべてで八面六臂の活躍を頂いている。


というわけで、こうした派遣教員の意義をまとめるならば、以下の3点に集約できるだろう。

①専任教員の補完
  →先述のとおり、教育・研究・地域貢献それぞれにおける機能を補完する。加えて、新しい風が教員団に入り、思わぬ化学反応も生まれる。

②学生の視野を拡張
 →大学しか知らない教員が多い中で、大学外(しかも、複数回の異動を経験された)の経験をお持ちの方の話は学生の視野を広げる。
   (一種のキャリア教育の側面あり)

③究極の実践型研修の実現

→この派遣期間というのは、派遣元からすれば研修の一環でもある。大学人とのネットワーク、また大学での教育・研究を通じて獲得した知識や情報はその後の仕事にも役立つ。

ここに加えて、

「費用対効果」

という副次効果も意義と言えようか。

というのも、この費用については基本的に派遣元(本学で言えば京都府)が持つため、大学のふところを基本的に痛めない。
また、派遣先も大学院の入学費用や受験費用を出さずに大学派遣をすることができ、お互いにメリットがあるからである。


ただし、当然のことがながら、課題もあり、上記のような意義はあくまで

「人がうまくマッチングした場合」

である。

やはり、人間には向き・不向き、出来・不出来があり、もし合わない方が来た場合は、
これらは全てマイナスに働くことになる。

期間についても、ちょうど経験値的にもネットワーク的にも最高のタイミングで、
派遣元に帰っていくケースが多いため、何年が適正かは難しい問題である。
(派遣元が出せるのも2年くらいが限界だろう)

加えて、専門性が派遣教員ごとに違うため、ある教員が教えていた科目が、
次の派遣教員では教えられなくなる、という継続性の課題もある。


ともあれ、それだけに試されるのは

「送り出す側(人事課)の審美眼」

である。単純な希望性や人事異動の一環でこの人事をされると双方に悲しい結果しかもたらさない。

幸い本学では、今のところ大変ありがたいマッチングを頂いてるが、未来永劫その保証はない。


という訳で、やはり大事なのは、

「人」

であろう。繰り返しになるが、

行政も人、大学も人。

これは業界を超えて共通の真理である。


これからもお互いの

「シナジー効果」

を挙げるためにも、大学における人事交流(派遣教員)のあり方を引き続き検討し続けたい。







追伸

F先生、2年間お疲れさまでした!!



平成26年5月1日

教員には原則異動はないため、ちょっぴり羨ましい 杉岡 秀紀 記  

Posted by 杉岡 秀紀 at 00:00Comments(0)杉岡日記より