プロフィール
杉岡 秀紀
杉岡 秀紀
1980年、奈良県生まれ。2003年同志社大学経済学部卒業、2007年同大学大学院総合政策科学研究科博士前期課程修了。2009年同博士後期課程退学。臨床政策学者。周旋家。2016年から福知山に移住。

専門は、公共政策、地域政策、地域公共人材論、大学まちづり論、NPO論、大学評価論。

大学時代から環境問題、まちづくりに関心を持ち、2003年にまちづくりNPO「きゅうたなべ倶楽部」を主宰(発起人)。地域に開かれた大学祭の創造や商店街活性化、フリーペーパーの発行・産学連携ITプロジェクト・商品開発・リユースフェアなどのコミュニティビジネスを武器に京都府南部地域におけるまちづくりに取り組む。

2007年からは、いったん地域から離れ、霞ヶ関(内閣官房)へ。行政改革推進本務事務局にて、社会保険庁改革に従事する。

同志社大学政策学部嘱託講師(2009〜2014)、一般財団法人「地域公共人材開発機構」事務局総括(2009〜2012)、京都府立大学公共政策学部講師・地域連携センター副センター長(2012〜2016)を経て、2016年秋より福知山公立大学地域経営学部准教授。京都府立大学京都政策研究センター特任准教授。

社会貢献活動として、龍谷大学地域公共人材・政策開発リサーチセンター 客員研究員、一般財団法人地域公共人材開発機構常任理事、一般社団法人社会的認証開発推進機構評議員、NPO法人グローカル人材開発センター理事、NPO法人京都子どもセンター監事、きゅうたなべ倶楽部アドバイザー、真庭市政策アドバイザーなどを務める。

主な著書は、『地域力再生の政策学』(ミネルヴァ書房、2010年、共著)、『地域貢献としての大学シンクタンク』(公人の友社、2013年、編著)、『地域公共人材をつくる』(法律文化社、2014年、共著)、『住民自治を問いなおす』(法律文化社、2014年、共著)、『もう一つの自治体行革』(公人の友社、2014年、編著)、『持続可能な地域実現と大学の役割』(日本評論社、2014年、共著)、『地域力再生とプロボノ』(公人の友社、2015年、編著)『地域創生の最前線』(公人の友社、2016年、編著)、『自治体政策への提言』(北樹出版、2016年、共著)など。

大学時代(2000年)に結成したバンド「シカゴプードル」では、2003年に京都学生祭典(KYOTO STUDENT MUSIC AWARD)でグランプリを受賞。2004年にCDデビューも果たした(2006年に卒業)。

【HP】 http://sugiokahidenori.jimdo.com
【ブログ】http://e013.dgblog.dreamgate.gr.jp/
【facebook】http://www.facebook.com/hidenori.sugioka/

【主な受賞歴】
2002年 「REALIZE In Kyoto(京都府南部地域における学生による地域政策・ビジネスコンテスト)」グランプリ受賞
2003年 「京都学生祭典 全国学生音楽コンテスト(kyoto student music award)」グランプリ受賞(Chicago Poodle)
2003年 「同志社大学育英賞」受賞
2004年 「エコ京都21」認定(きゅうたなべ倶楽部)
2004年  関西文化学術研究都市「都市びらき10周年」感謝状授与(きゅうたなべ 倶楽部)
2005年  内閣府「生活達人」認定
2005年  京都人間力大賞ファイナリスト
2007年  日本都市計画家協会「全国都市再生まちづくり会議」奨励賞受賞(きゅうたなべ倶楽部)
2012年  京都府「明日の京都」推進特別賞(地域公共人材開発機構)
2013年 「第7回全国大学まちづくり政策フォーラム」優秀賞受賞(杉岡ゼミ)
2013年 「第9回京都から発信する政策研究交流大会」優秀賞(杉岡ゼミ)
2014年 「京都府立大学学長賞」受賞(杉岡ゼミ)
2014年 「第10回京都から発信する政策研究交流大会」京都市長賞、優秀賞受賞(杉岡ゼミ)
2014年  2013年度京都府創発事業認定(京都丹波・写ガール隊)
2015年 「第9回全国大学まちづくり政策フォーラム」優秀賞、政策マネジメント研究所賞受賞(杉岡ゼミ)
2015年 「2015年京都丹波観光プランコンテスト」優秀賞受賞(杉岡ゼミ・京都丹波・写ガール隊)
2016年 「第4回 京の公共人材大賞」奨励賞受賞(京都丹波・写ガール隊)
2016年 「第10回全国大学まちづくり政策フォーラム」優秀賞、政策マネジメント研究所奨励賞受賞(杉岡ゼミ)
2016年 「京都府公立大学法人 理事長表彰」(京都丹波・写ガール隊、地域連携センター学生部会かごら)
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2014年08月30日

京都の南部一休みの日づくり。

今日の仕事の舞台は第二の故郷、京田辺でした。

夕方からにも関わらず、三連チャンで
全く別の仕事ということで慌ただしい一日でした。

まず一本目は市のある公共施設の指定管理者選定に係る打ち合わせ。
5年前に一回目の選考に関わらせて頂いたのですが、
あれからもう五年経つのですね。光陰矢の如し。

ただ、この間の数字を聞いたら、利用数も増え、
収益も逓増傾向にあるみたいで安心しました。
さて、向こう5年はどうなるか。
12月議会に間に合うようがんばります。


二本目は別部局のある政策のビジョンづくりの打ち合わせ。

今日はあくまでも進め方のための打ち合わせだけでしたが、
担当の方が非常に前向きで行動力のある方なので、
今後の展開が楽しみです。

ポイントは計画そのものより、そのプロセス、作る過程で
どれだけの人を巻き込み、火を付けられるか、だと思います。

ぜひコピペではなく、このまちにしかないものを作れるよう。
微力ながら後方支援をさせて頂きます。


三本目は商工会と一緒に作り上げているバル。
京都府南部としては初で立ち上がり、今年で三回目になりましたが、
初心忘るるべからず、今年もとにかくチャレンジングです。

まず範囲が全域に、そしてバスもチャーターし、開会式閉会式へイベントも組み込み、
私の学生がプロデュースするタイムラリーイベントまで、
とにかく毎年進化してます。

ぜひ皆さんも9.19〜20には京都南部に一休み、
ということで、京田辺に食べ歩き、飲み歩きに来てください!

http://www.193bar.com

よろしくお願いします。

平成26年8月29日

杉岡 秀紀 拝  

Posted by 杉岡 秀紀 at 01:12Comments(0)杉岡日記より

2014年08月28日

北部の真ん中でバーチャル大学を考える



今日は福知山市で

「京都府北部地域・大学連携機構」

の幹事会及び

「バーチャル大学検討部会」

に参加してきました。


「京都府北部地域・大学連携機構」

http://cuanka.org

というのは、京都府北部地域(丹後・中丹)の5市2町、9つの公共政策系大学、3つのNPO団体からなる

「京都府北部地域の課題解決のためのプラットフォーム(コンソーシアム)」

で2年前に立ち上がった一般社団法人で、主に北部地域にお住まいの皆さんがスタッフを務めておられるまさに

「地産地消+大学だけ他産地消」

の組織と言えます。


そんな組織に本学も社員(社団法人ですからこのような呼称となりますが、いわゆる会社の社員とは別とは違います笑)として
設立当初から参画しておりますが、私が今年度から部会長を任せられているのが、

「バーチャル大学構想」

のとりまとめ。


なぜ、今バーチャル大学の議論が必要なのでしょうか。

今日はこの点について簡単に整理しておきたいと思います。

私としては、以下3つの設立の意義(理由)があると思います。

1つは、京都府北部地域にはいわゆる「大学(成美大学)」が1つしかないことです。
成美大学が悪いのではなく、選択肢がないのが問題なのです。

その結果、何が起こっているか。それは

「18歳になると、まちから若者が出て行く」

という現象を産み、さらに彼らは大学を出ても

「地元には(役所と金融以外)仕事がない」

という理由で、北部に帰ってこないという現実につながっています。

2年前に舞鶴市で

「高等教育機関等の活用方策検討会」

という会でこちらも座長を引き受けさせて頂きましたが、
数字を見てびっくりしました。

なんと毎年18歳人口の

「約1000人中約900人が流出」

していたのです。

ではいつ帰ってくるか、盆や暮れを除けば、それは

「早くて親の介護のとき、普通にいけば定年退職後」

と地元の人は口を揃えて言います。

最近こそ田舎ぐらしやダブルローカルといった考え方の普及により、
IターンやUターン、Jターンという現象がちらちら見られますが、
全体を支配するような動きにはなっていません。

このことが結果的に地域における人口減少に歯止めを効かせず、少子化にも拍車をかける、
という負のスパイラルを産む大きな原因の一つになっていることは言うまでもありません。

その結果地域の活力は奪われ、地域は高齢者と子どもたちだけの町になってしまっているのです。

他方で、京都市には37もの大学が密集し、人口比で言えば、

「日本一学生が多い都市」

となっています。東京一極集中ならぬ

「京都市一極集中」

ですね。

しかも、たった100キロくらいしか離れていないにも関わらずです。

つまり、この現実に大学人として何かできるかを突きつけられているのです。


2点目は、地域の皆さんの学ぶ意欲と他方で学びの偏りです。
本日は5市2町それぞれの

「社会教育、生涯教育の現状」

をお話頂きました。

どのまちも特に公民館を活用した教育に力が入っており、
中には廃校を利用した学びの場の創造や、高齢者大学・大学院と大学の名を冠するもの、
他大学をも巻き込んだ学びの場づくりまでありました。

人生は一生勉強ですから、素晴しいことです。

しかし、それらに共通するのは、少し表現は適切でないかもしれませんが、

「カルチャーセンターとしての学び」

で終わっている部分があります。つまり、もう一歩踏み込んだ

「専門知の獲得」

という段階までは届いていません。

繰り返しになりますが、北部には大学が1つ(経営情報学部)しかありません。
翻って、もっと学びたい、学びなおしたい人のニーズに答えられる環境がないのです。

イメージから先に述べるとすれば、英国のように

「人生のいつでも、誰でも大学を活用して学べる環境づくり」

これぞ本当の意味での

「大学のユニバーサル化」

ですね。

こんな環境、少なくともそのきっかけを北部で創れないか、と思っています。

しかし、ここで問題となるのは、そうした学び、つまり大学で本格的に学ぼうとすると、
3つの大きなハードルが立ちはだかります。

①入試
②費用
③開講時間・場所


ですね。

周知のとおりに、日本の大学のほどんどの大学は18歳から20代前半をメインとしています。
その限りにおいて、ここがつながらないんですね。

そこでバーチャル大学なのです。

どこまで専門的かつ体系的に学んでもらえるか、また学位や証明書まで発行するかどうかはこれからですが、
少なくともこの3つの壁をこえて、接続をしたいと思っています。


最後3つ目はIT社会の到来によるオンライン教育(反転授業)の可能性です。

この分野は、つい数年前までは通信教育や放送大学くらいしか選択肢がなかった訳ですが、
MITがすべての講義を公開して以来、わが国にも急速に広まりました。。

現在は

「オープンコースウェア」「MOOK」

などの名前でネット環境さえあれば誰でもいつでも学べる環境が整いつつあります。
この動きは今後もっと広がるでしょう。

そこで、バーチャル大学なのです。

つまり、ネットを活用すれば、先ほどの3つの課題は全て超えることができます。
そして、その機会でいろいろと

「試し学び」

をしてもらって、本格的に学びたければ、あるいは学位が欲しければ、
本当の大学(院)に入学してもらったらいい。

そんな最初の機会を提供したいと考えています。


当然のことながら、課題も山積です。

・実際に大学の協力は得られるのか。
・理解が得られるとして、どのような科目提供から始めるのか。
・成績や証明は出すのか。出すとすれば、出席や管理はどうするのか。
・オンライン講義だけで良いのか。
・ターゲットは社会人だけで良いのか。
・費用はどうするのか。無償が望ましいが、無償だとコストを賄えない。
・情報弱者の対応はどうするのか。
・実際に家や個人の端末だけでなく、皆で学べる空間を用意するのか。

などなど、挙げ始めればキリがありません。

しかし、私は武雄市の図書館がそうだったのように、まず夢を語るところから始めたいと思います。

そして、できない理由よりできる理由を語れる分科会ができればベターですよね。

このバーチャル大学で地域が元気になるなんて、そんな短絡的なことは思っていません。
しかし、最近は特に福知山がそうですが、暗い、正確にはついてないニュースが多いですから、
何とか明るいニュースをみなで創りたい、その一心です。

構想から計画、試行実施まで3年は係ると思いますが、北部で新しい風を起こせるよう、
大学人として、北部にお世話になったものとして、ささやかなおお手伝いを担えれば幸いです。


ぜひ応援を宜しくお願いします。


平成26年8月28日

杉岡 秀紀 記







  

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2014年08月26日

東京駅の近くで「就活」を考える。

今日は東京で

「就活支援の某R社」

の社内シンクタンクの研究会

「社会起点イノベーション人材研究会」

に呼んで頂き、

「「就活」を再提起するー2つのKYOTO CHALLENGEー」

をテーマに2時間ほど講演と対話をさせて頂きました。

ちなみにこの会社名もシンクタンクも私が学生だった頃はなかった組織(名)です。

それだけに、時代の進化と言いますか、変化の風を感じますね。


さて、私が本日お話したテーマは、

(1)近年のキャリア本から見る「就活」の課題
(2)この20年で何が変わったのか?
(3)「学び」と「働き」をつなげる取組み
(4)京都の挑戦(KYOTO CHALLENGE)
(5)提言

という内容でした。

特に今回の講演資料をまとめるにあたって、一番問題意識を感じたのは(2)の変化の部分になります。
そこで、ここでは、(2)でお話したことについて、書き留めておきたいと思います。

一つ目の変化とは、情報媒体の変化すなわち

「ネット社会到来という変化」

です。

私が学生だった頃はまだ「○○ナビ」というものはありませんでした。

皆家になぜか(?)送られてくる電話帳のような会社案内DMや就職ジャーナル(雑誌)による情報と、
大学の就職部(当時はまだキャリアセンターではなかった)の情報、
そして、リクルーターと呼ばれる先輩からの情報を三種の神器に企業選びをしていました。

情報の幅は限られますし、またエントリーシートではなく、手書きの履歴書がメインですから、
当然応募する会社は限られます。

したがって、採用する側も応募する側も今に比べれば、驚くほど就活にかかる取引コストが低かった訳です。

これが今は情報が溢れ、誰でもどの企業にエントリーできる環境があるので、
記念受験やワンクリック受験のようなエントリーがとにかく増えたと聞きます。

お互い選択肢が増えた、という面も確かにないことはないですが、
結果としては、SPIのような選抜試験、あるいはビジネスが展開されるに至り、
何か漁夫の利と言いますか、誰の幸せにつながったのだろう、
とふと考え込んでしまう現実になっています。

ともかく「就活」という言葉が意味する中身(定義)が完全にこの20年度で変わった
ということは断言できます。

そして、この変化が結果として、就活の勝ち組と負け組と言われるような、

内定を取れる子はどんどん取れる、取れない子はぜんぜん取れない」

という二局化を産み、就活全体の早期化、長期化に拍車をかけたのではないでしょうか。
これが最初の問題提起です。


次なる変化は「社会人」の変化。

これはいわゆる小泉政権以降の「非正規雇用」が増えた結果、
今や3人に1人(公務員の世界も同じです)が正社員ではなくなったという変化ですね。

このこと自体も企業のコストカットや、働き方の多様化、という良い面もあります。
しかし、それ以上に格差社会の助長や固定化、また貧困の連鎖などにも影響を与えるに至ってしまっています。

大学に話を限れば、特にキャリアセンターは一般論として、
相変わらず正社員になることだけが唯一の道、という指導をしている、
という現実があります。

これも確かに一面では正しいとは言えば正しいのですが、
現実の実態を踏まえてない助言ということも言えます。すなわち

「社会人になる」「社会に出る」

と言っても、単線ではなく、複線あるいは非常に多様かつ複雑なキャリアパスが当たり前になり、
その多様化に対応できていない、ということです。

言い換えれば、本人の希望や、現実社会を踏まえたキャリア教育やサポートができているのか、
という問題意識ですね。
(この当たりは児美川先生の『キャリア教育のウソ』をじっくりご覧ください)。

大学の「就職率」が意図的に操作されている、と言われる現実も、
結果的にこのような変化を認めてない証拠ですよね。


3つ目の変化は「大学生」の中身の変化です。

これもよく指摘される変化ですが、1990年当時の18歳人口は205万人いました。
それが右肩下がりで減り続け、現在120万人ちょっとになっています。

他方大学の数は増え続け、現在800弱まで増えています。

にも関わらず、進学率は50%を越え、右肩上がり。

このことが意味することは、ようは今までは大学に来(れ)なかった人たちが大学に来ている、
いわゆる完全に大学全入時代になったということですね。

その結果、一昔前までは

「大卒」

という言葉は、

「将来幹部候補となるような人材」

ことを意味しましたが、そのような時代が完全に終焉を告げちゃいました。

つまり採用側からすると、もう大卒というシグナリングだけでは判断材料にならなく、
それに変わる判断基準が必要ということです(大学名だけで判断しないということ自体は良いことですが)。

にも関わらず、相変わらず社会人基礎力のような抽象概念だけで採用が行われています。

これがいかがなものか、という問題意識になります。


以上をまとめれば、要は言いたいことは、こうした「就活」「社会人」「大学生」という概念は、

「これからも常に変わ続ける。その変化に対応したシステムが必要ではないか」

ということです。

そして、そのためには、今までのような、

「学生は大学4年間は受験のご褒美で勉強せず遊びほけ、親も親で大学に入ってくれたら何も言わない。
また、教員もキャリアセンターや学生個人にキャリア教育はお任せ」


といった状況や

「企業は大学の学びを重視せず、できるだけ企業色に染まってもらえる人材を採る。中途半端に専門性を持った人間は採らない。
とにかく社内のOJTとOffJTで育て上げる」


といった古いやり方は放棄し、常にイノベーションしなければいけないと思うのです。


その意味では、某R社の時代への適応力というのはすごい、と改めて思った次第です。

現在の●●ナビというビジネスモデルへの功罪や批判はあるものの、
ちゃんと現実を踏まえた展開をされておられますから。

ともあれ、大学や行政は基本的に大きな変化にあまり強くない(好まない)傾向がありますが、
やはり民間、その中でも現実を憂い、未来をつくろうとする熱い思いをもった人たちのコミュニティは

「適者生存」

への意識が違うなとつくづくと感じた今日の講演でした。

ちゃんちゃん。


平成26年8月26日

杉岡 秀紀 拝

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2014年08月22日

ようきなったな!海の京都・宮津

今日は

「宮津まちづくり会議」

に参加してきました。

宮津市は本学の初めての包括協定先で、4年前から

「地域貢献型特別研究(ACTR)」

http://www.kpu.ac.jp/category_list.php?frmCd=6-2-4-0-0

の一環で協働研究及びアクションを続けています。

昨年は

「北前船」

をキーワードに協働研究を実施し、半年間市民の皆さんと勉強会・ワークショップ・エクスカーションを続けながら、
最終的には、

「北前船寄港地フォーラム」
http://www.city.miyazu.kyoto.jp/www/event/detail.jsp?id=2146

を西日本初めて宮津が開く、という形で結実しました。

あとは現在、ワークショップ等で提言されたアイディアを住民自らが外部資金を得て実施したり、
行政の方で実現できる事業から予算化が進んでいる状態です。


さて、そんな流れの延長として今年度取り組んでいるテーマが、宮津の

「海を活かした商業ゾーンのまちづくり」

このテーマを行政主導ではなく、商工会議所主導でワークショップしながら進めています。
(住民参加のワークショップは昨年度にすでに実施)

というのも、宮津は年間270万人の観光入込客数がありますが、その多くが日本三景である

「天橋立」

だけに集中しており、旧城下町であった宮津市内や海が美しい由良の方はこの恩恵を被っていない状況があるためです。

また客単価が3,000円強ということで、京都市内に比して3分の1程度のお金しかまちに落ちていない、
という経済面の問題もあります。

そして、何より課題だったのは、まちづくりにおいて

「自分たちのまちの未来を自分たちで考える」

当事者性と

「自らできることを考え、挑戦し、できないことは協働する」

自治と協働視点は欠かせないはずなのですが、やや宮津は弱いところがありました。

その意味で、さまざまな専門的なアクターが集まり、行政が一アクターとして参加、支える手法はとても良かったと思います。


というわけで、本日は、私と先般教員の2人の大学教員がファシリテーターとなり、対話の場づくりをして参りました。
ただ、今回は1時間強しかありませんでしたので、

①自己紹介
②課題の抽出、分類化
③課題解決のアイディア出し・整理
④先行事例の情報交換
⑤まとめ


という流れを作りました。

私のグループは、

宮津市の担当者、京都銀行の支店長、青年会議所の幹部の方、地元企業の経営者及び幹部、小売店の店主、商店街の会長、商工会事務局

ということで、宮津の産公のキーパーソンが揃っており、とても有意義な対話ができました。

少しだけ内容をご紹介すると、対話の中で、意外な気づきがあったのが

・地元の方も海をあまり活用してない → 地元を観光する主体になれる(しかも平日)
・海があるのが当たり前なので、あまり他地域の海を活かした観光に惹かれない


という事実。

これは本当にもったいないですよね。
(私なんかは海のないまちに生まれたので、海が珍しくとても惹かれるのですが)

そして、

・有名なお店がない(料理人が少ない)
・他方、おししい魚や海産物、酢がある


という事実から逆転×順転の発想で

「手巻き寿司のまち(ゾーン)」

ができたら面白いよね、ということで大変盛り上がりました。

こういう夢や理想を語ったり、まちにある資源を再発見(認識)することはとても大事ですね。

ともあれ、これからのまちづくりで大事なのは

①おいしい
②お土産
③思い出
④おもてなし
⑤おっ!


の5つのOです。

これら全てを満たすアイディアが初期段階から出たことが、本日の一番の収穫です。


それと、蛇足ですが、大学という機関はつくづく、こうした

「第三者(よそ者)」

の立場から、仲介したり、地元とは違う気づきを述べたり、新しい視点を提供できたり、まとめをしたり、
と一定の役割があるなぁとの実感もできたことも収穫でした。


というわけで、今後は今日出た意見を具現化できるよう、勉強会、視察、調査、そして対話を続けながら、
引き続き伴走させていただく次第です。

京都府が進める

「海の京都」「森の京都」「お茶の京都」


全てにそれぞれ関わってますが、海の京都は北部でしか展開できません。

ぜひその誇りと自負を引き出せるよう、引き続きがんばります。


「ようきなったな!海の京都・宮津へ」

こんなフレーズが内外から溢れ出る時代が来るといいな。

いや、きっとくる!





平成26年8月22日

杉岡 秀紀 拝
  

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2014年08月21日

今、時代は「KYOTO-TAMBA」へ

「京都丹波」。

これは京都の口丹波地方、行政区域で言うと、南丹地域に位置する

「亀岡市・南丹市・京丹波町」

の2市1町の総称です。

「丹波」

というと、丹波篠山のことを想起する方が多いこともあり、

「京都丹波」

と京都を頭に付けることにより、差別化とブランド化しようと
府が使い始めた呼称になります。
(京丹後、京丹波、京田辺も同じような着想ですね)

そんな京都丹波地域に2年前から関わり始めています。

主には

「京都丹波・写ガール隊」

target="_blank">http://www.pref.kyoto.jp/nantan/kyototamba-syagirl.html

の仕掛人の一人として、facebookを使って、女性・若者の視点からまちの資源を発掘し、発信する、
というプロジェクトを進めていますが、その仕事の一環で、

・管内の市町の職員研修(100人強程度)
・管内の事業者向けのfacebook研修(20人程度)
・管内の市のまちづくり研修(100人弱程度)


などもこの間させて頂きました。

そして、今年は、活動の元になる計画の見直しの時期ということで、

「明日の京都」京都丹波ビジョン(地域振興計画)懇談会

の委員として、次の京都丹波の10年、20年を考える役割にも参加させてもらっています。
(大学教員4名、地元の専門学校代表者1名、地元のNPO代表者1名、文化博物館館長1名、美術館代表者1名、自治会代表者1名ほかといったメンバー)

また、大人だけの意見に偏りが出ないように、地元出身のゼミ生にも声を掛け、
学生委員としても活躍してもらっています。


さて、そんなビジョン懇ですが、今日は2回目の会合がありました。

1回目は前計画のふりかえりとざっくばらんなアイディアブレストだけだったのですが、
その後事務局の方で、管内の市町との意見交換、また府民との意見交換(知事の和ぃ和ぃMTG)を踏まえて、
いよいよ計画の素案が出てきましたので、その文言に対して意見を述べさせてもらいました。

詳細な中身はまた別の機会に譲るとして、私が述べたポイントは以下のとおりです。

①計画を分かりやすく伝えるコアコンセプト(キャッチコピー)副題が大事ではないか。
②項目の順番をもっと工夫できないか(どれを一番に持って行くかで、伝わり方、印象が変わる)。
③ターゲットや主体を明確にしてほしい(府なのか、市町なのか、事業者なのか、市民なのか、それとも協働なのか)。
④夢や希望だけでなく、目下最大の課題である人口減少社会にどう立ち向かうのかについての考えを盛り込むべきではないか。
⑤また、災害対応など今日的な課題への対応についても、安心・安全の観点からもっと踏み込む必要がある。
⑥カタカナ用語や専門用語は解説をつけた方がよい。
⑦世界への発信を考えるのであれば、日本語だけでなく、たとえば「KYOTO-TAMBA」という表記も並記するのも一アイディアではないか。


まだまだ言いたいことはあったのですが、最も重要な7点だけ強調し、申し上げさせ頂きました。


ともあれ、たかが計画、されど計画。

今回も前回の計画期間のふりかえり(達成状況の確認)から始めましたが、
やはり、政策は

「PDCA」

を回し続けることが大切です。

そのためにもまず現実にあった、それでいて府民の皆さんに共感してらもえる計画づくりが大切ですね。

行政がコンサルに丸投げしたり、行政自身で作るも横並びや前例主義だけで計画を作る時代は終わりました。

今回は、冒頭で事務局から

「本計画は、時代の流れの速さを鑑み、マイナーチェンジというよりもフルモデルチェンジを目指す意気込みでがんばりたい」

との前向きな発言も頂いておりましたので、私もどんどんと乗っっかている次第です。

当然、より重要なのは

「P〜P〜P〜(ピ〜ピ〜ピ〜)」

という歌のように「P」で終わらせない

「実行力」「実現力」

がもっと大事です。しかし、そのためにも

「計画(プロセス)から一緒につくる」

ことが最大のポイントですね。


「京都丹波」だけでなく、「KYOTO-TAMBA」に魅力を京都から世界に発信できるよう、
引き続きサポートさせて頂きます。



平成26年8月21日

杉岡 秀紀 記


  

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2014年08月19日

まちづくりの道はまちあるきの一歩から

私がまちづくりに関わる際に必ず行うのが

「まちあるき」

です。

なぜ歩くのか。

1つは、まち全体を五感で知るためです。
インターネット全盛期とは言え、グーグルマップを覗いているだけでは気づかない発見が必ずあります。
それは時に匂いだったりもします。
視覚で言えば、鳥の目と虫の目両方の目で見ることが大事ですね。

2つは、車やバイク、自転車では見逃してしまいそうなまちの資源を歩いて見ることで初めて発見できるからです。
ファーストフードに対してスローフードという言葉があるように、「ゆっくり」見ないと気づかないポイントがまちには沢山あります。

3つは、地元以外の目からみた新たな価値発見ができるからです。
住民から見れば当たり前のものが、住民以外のいわゆる「よそ者」が見ると、珍しかったりします。
徳島県の葉っぱビジネス(つまもの)がその象徴でしょうが、「これがまちの資源になるの?」という発見は、外部の目からでしか生まれません。

という訳で本日は京都政策研究センターに依頼のあった

「久御山町」

のまちづくりプロジェクトのためのまちあるきを行いました。

いな、正確に言えば、来る

「まちあるきのためのまちあるき」

を実施してきました。

久御山町との打ち合わせの中では、

「いや〜うちは何も特色のないまちで」

と謙遜されていました。しかし、実際に外部から見てみると、

・都の四神相応としての巨椋池 http://www.京都通.jp/Life/MannerShijinsouou.html
(日本初めての干拓事業 http://www.maff.go.jp/kinki/seibi/midori/kanryou/oguraike/trivia/subject01.html
・1600を超えるビジネス(社長)の聖地(人口1000人あたりにしたら、トップクラスではないでしょうか?)
・京都府唯一の不交付団体 http://www.soumu.go.jp/main_content/000272140.pdf
・全自治会あげての町民運動会 https://www.town.kumiyama.lg.jp/contents_detail.php?co=new&frmId=1261

と沢山の資源になりそうなキーワードがあることに気づきます。

そして、3つの小学校地区を中心に公共施設、寺社仏閣、工場ゾーン、商業ゾーン、農業ゾーンをたった3時間歩いてみただけで、
予想とおり、色んなまちの資源を発見できました。

ここから導き出せる一つの示唆はなんでしょうか。

それは、まちの価値というのは、つくづく

「よそ者・わか者・ばか者・変わり者」

の視点からも見ることが重要であり、その真骨頂がまちあるきである、ということでしょう。


「まちのことを知るからこそまちのことを好きになり、好きになるからこそ広めたくなる」

これは舞鶴で私がお世話になっている、まちづくり実践家の方の言葉。

重要なポイントは

「まちづくりは知ることからしか始まらない」

ということです。

これは広報マーケティングのAIDMA理論やAISAS理論でいう

「Attention」

ですね。

他方で、こうした外部からの目(意見)も入れて、責任感を持ってまちを磨き続けるのは

「住民の皆さん」

しかありません。

したがって、この役割分担のもと、最期は、民民の水平の協働をいかに引き出せるかが、
今後町と我々大学の使命ということになります。


まちづくりの道はまちあるきの一歩から。

この言葉を信じ、あと半年間がんばりたいと思います。


平成26年8月19日

杉岡 秀紀 記




  

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2014年08月18日

支援のための支援から学ぶまちづくりの要諦

8月16〜18日は

「ふくしまっこ in 宇治田原」

というイベントが宇治田原町で開かれました。

ミッションは、

「宇治田原町内での民泊を柱とする交流を通じて、福島第一原発事故の影響下にある子どもたちとそのご家族に、
思いきり外で遊べる時間を提供すること」


で、主催は趣旨に賛同する実行委員会です。

今年で2回目とのことですが、その1年前は宇治市の方で開催されていたようで、
トータルでは3回目の実施になります。

そして、本年は、宇治田原町と本学は包括協定を結んでいる関係にあることもあり、
実行委員のお一人であり、町役場の方からの協力要請を受け、ゼミとして協力させて頂きました。

具体的には、表上のテーマは

「3日間のふりかえりムービーを作ってほしい」

ということでしたが、裏のテーマは、

「高校生がまちに愛着を持てるようなバックアップをお願いしたい」

とのことでした。

これは自分たちで完結しないミッションなだけに、想像以上に難しかった訳ですが、
結果から言えば、何とか火付け役として役割を果たすことができました。

ここでは、その仕掛けについて、少し書き残しておきたいと思います。


まず全体のプログラムは、

一日目:歓迎式、お茶体験、恋チュン練習、ホームステイ先へ移動
二日目:川遊び、プール遊び、カフェ体験、恋チュンダンス、農業体験、夏祭り体験+恋チュン、花火
三日目:流し素麺、さよなら会+恋チュン

という内容だったのですが、注目すべきことは毎日

「恋チュン(恋するフォーチュンクッキー)」

が組み込まれていることです(といいますか、そのように組んでもらいました)。

そうです、やはり祭りでもイベントでも

「みんなで一つになれる瞬間や記憶」

が大切なので、この

「恋チュン×まちづくり」

に全てを掛けてみたのです。
(全国の自治体で広がっていますんで、少し乗り遅れた感はありましたが笑)

ただ、外ものである我々が踊ったり、教えたり、してもほとんど意味がありません。
なぜなら、そこには主体性や自主性が生まれず、客体で終わるからです。

そこで、時間はあまりありませんでしたが、

「仕掛け側・作る側」

に中高校生に回ってもらえるよう、会議を重ねながら、
徐々に意識の浸透を狙いました。

その結果、最終的は、中高生が主体(呼びかけ)となり、

・事前に踊りを練習を企画する(毎朝練習)
・踊り手を増やす(仲間集め)
・当日恋チュンを実施することを広める(広報)
・宇治田原ならではの工夫をする(サプライズを企画)
・当日の進行や見本役をする(主体性)。
・写真や動画を撮る(記録化)。


という一連の仕事を見事に彼ら彼女らがやってくれました。

うちのゼミとしては、こうしたことを地元の大人が言えば押しつけになりがちなところを

「外部の視点、年が比較的近い若者(大学生)視点」

から、こんなのができたら良いよね〜とか、こんなんしてみたら?とか、
どうすればもっと喜ばれるかな?とか、どんどんと質問を中高生に投げかけをすることで、
彼ら彼女らの

「やる気のスイッチを押す」「やる気に火をつける」

役目に徹しました。むしろお手伝いできたのはこの一点といってもいいかもしれません。

ちなみに、宇治田原町には高校がありません。したがって、高校生はいますが、
みんなバラバラの高校生活を送っているのです。

そこで目をつけたのは、、

「中学校(1つだけある)ネットワーク」

だったのですね。

というのもこの横と縦のネットワークはすごいんです。

先輩後輩という関係でもつながりますし、中学校時代の同級生という強力な地縁ネットワークがずっと生きてますから。

という訳で、当日は全て中高生たちがそれぞれの持ち場や強みを活かし、
やるべきことを見事にやってくれました。

いやはや、しかし、我々ができたことは

「支援のため支援」

だけだったのですが、実に清々しい主客転倒といいますか、世代交代といいますか、
その瞬間に立ち会えることができました。やはり

「自分たちのまちを知る、人を知る」「まちのために、人のために貢献する」

という記憶や成功体験は今後の彼ら彼女らの何よりの地域そして自分への誇りになると思いますから。


今度会ったらぜひ彼らに聞いてみたい質問があります。それは

「自分のまち(宇治田原)は好きですか?」
「自分のまち(宇治田原)にはどんな宝ものがありますか?」


この2問。

きっと彼ら彼女らは肯定的に答えてくれるでしょうね。

しかし、これこそが実は持続可能なまちづくりへの近道だと思います。

私たち自身、宇治田原のお手伝いを通じて、そんなシンプルな、それでいて本質的な
大事な視点を改めて教えてもらった気がします。

ありがとうございました、ふくしまっこ&宇治田原っこの皆さん!










平成26年8月18日

杉岡 秀紀 記

  

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2014年08月16日

公共益資本主義とソーシャルデザインから考える新しい三方よし

「公益資本主義」

という言葉がある。

私が出会ったのは、東京は広尾にあるJICA地球のひろばで提唱者である

「原丈二(アライアンスフォーラム財団代表理事)」

さんの講演を聴いたときだ。

原氏はこの言葉を以下のように定義する。

「会社を通じて、公益に貢献すること。つまり、会社の事業を通じて、会社が関係する経営者、従業員、仕入れ先、顧客、株主、地域社会、環境、
そして、地球全体に貢献することこそが価値として認められる資本主義」


つまり、今までの市場万能主義、株主至上主義、市場経済至上主義としての資本主義へのアンチテーゼである。

おそらくこのような考え方は、2007年のサブプライムローンが破綻する前までは単なる理想論として相手にされなかっただろう。

しかし、実際に金融工学を中心とする経済の限界、すなわち市場の失敗が起きたときに、無視できなくなった。

原氏は著書

『新しい資本主義ー希望の大国・日本の可能性ー』

(PHP新書、2009)の中で、その具体的な方策として

①最新テクノロジーを活用することによる貧困の撲滅
②民間の力で進める飢餓と栄養失調の劇的改善
③マイクロクレジットなどを通じた生活の向上


などをその例として挙げるが、まさにこうしたテーマは

「ソーシャルデザイン」

の考え方と重なる。ソーシャルデザインの定義は

「美と共感の力で人の気持ちを動かす 行為、社会にムーブメントを起こす行為」(筧裕介、2014)
「社会的な課題と同時に、新たな価値を  創出する画期的な仕組みを創ること」    (グリーンズ、2012)
「よりよい社会をつくるためのデザイン」   (河 進、2012)


と色々あるが、

「私益<公(共)益」

を志向しているところが最大の共通点であろう。

唯一の違いは、主語が「会社」に限定するかどうか。

私自身はこの

「NPOの企業化」 
ex)コミュニティビジネス、ソーシャルビジネスなど

「企業のNPO化」
ex)CSR、CSV、フィランソロピー、メセナ、プロボノなど

が進んできた今、あまり分けることには意味がないと思っている。その意味では

「公共益資本主義」

と新しい言葉で再定義するのも一案かもしれない。

ともあれ、このような考え方や動きや決して新しいものではなく、経営者でいえば、
松下幸之助や本田宗一郎、井深大、黒田善太郎、立石一真など世界に通じる起業家の経営理念は入っていた。
そこにわが国のぶれない軸と先見性があると思う。

一言で言えば近江商人の

「三方良し」

の三方が単なる売り手、買い手、世間というに留まらず、

「行政、企業、NPO」

すべてがセクターワイド、あるいはマルチセクトラルに連携して、社会課題に向き合う時代が到来したということであろう。

希望的観測も含めて、この二重の

「新しい三方よし」

こそが次の時代の新しい資本主義の標準モデル、潮流になってほしいと思う。




平成26年8月16日

杉岡 秀紀 記


  

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2014年08月10日

スーパーハピネスと教育、ハッピーフューチャー

今アメリカでファレル・ウィリアムズ

「ハッピー」

https://www.youtube.com/watch?v=k-FFdYoq2r8

という歌が流行っている。

また、アメリカの大学では

「ハピネス」

という講義が選択でき、また人気であるとの記事を読んだことがある。

また米国のみならず、GDPに変わる指標として、世界から一躍有名になった

「ブータンのGNH」

などの例はまさに国を上げてハッピネスを共感する仕組みがあるということなのだろう。
(当然のことながら、宗教的背景もある)


翻って日本はどうか。

確かにアベノミクスで少し経済的には持ち直した節はある。しかし、それ以上に近頃は

「消滅可能性都市」「人口減少」「財政破綻」

とネガティブなワーディングの方が目に付く。

また、今年に入ってからは特に、偽作曲家、論文ねつ造、アーティストのドラック使用、
地方議員の虚偽報告etc...といわば、ウソや欺瞞、個人の欲望ばかりの

「アンハッピー」

なニュースが続いている。

そんな中今日たまたま目にした記事が2006年にグラミン銀行を創設し、ノーベル平和賞を受賞した

「ムハマド・ユヌス」

氏の

「ソーシャルビジネス支援(マイクロクレジット)によるスーパーハッピー」

というインタビュー記事(ユヌス氏やマイクロクレジット自体は有名だが、スーパーハッピーに注目)。

結論を先どれば、少し大げさに聞こえるかもしれないが、このスーパーハッピーとの考え方こそが
日本の今の閉塞感を打ち破り、再び、あるいは次の日本の向かうべき方向を指し示してくれる可能性と感じた。

というのも、今日本が抱えている最大の病であり、打破しなければならない壁は

「国民総オレオレ病(自分の幸せ至上主義)」

に罹っていると思うのである。

つまり、GDPや人口が減る以上に、心配なのは、

「皆自分の幸せのことで頭がいっぱいで他人や社会の幸せを考える余裕や能力が衰えたのでは」

ということ。

この点に警鐘をならす人はそこまで多くない。

しかし、よくよく考えてみると、この考え方が日本にとって本当に新しいかと問われれば、それはノーである。

かの二宮金次郎は

「道徳なき経済は犯罪。経済なき道徳は寝言」

と言ってきたし、かの近江商人が提唱した

「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」

という考え方は、京都の商売はもとより全国の社会的な企業にも浸透している。

また「世界の松下」と言われた松下幸之助が最初に会社を設立した時の社是は

「貧困の撲滅」

であり、これは後の水道哲学にも相通じる考え方であった。

加えて、昨年本屋大賞となった

「海賊と呼ばれた男」

のモデルとなった出光左三などはまさにその象徴的人物であり、この本が売れるということは、
国民的にもその要素に自分を重ねたいという潜在的欲求があるということなのだろう。

もっとさかのぼれば、行基による公共事業や講や結など、
日本人は民族としてのスーパーハッピネスを考えるDNAがあると言っても過言ではない。

しかし、統計上もしばしば指摘されるように、今の日本人は、他国のハッピネスを羨ましく思い、
自国での幸福感を感じていないのである。もっと言えば、自国に対する誇りや肯定感も低い。

このギャップこそが最大の皮肉であり、現実ではないだろうか。


そこで、改めて注目したいのが、ユヌス氏のスーパーハピネスのための手段としての

「ソーシャルビジネス」

の考え方。ユヌス氏によればそれは7つの条件から成る。

①そのビジネスの目的が、利益の最大化ではなく、貧困・教育・健康・技術・環境といった社会問題を解決する。
②財務的、経済的に自立、持続する。
③投資家は、投資額以上は回収しない。
④投資の元本以降に生じた利益は、当該ビジネスの内部留保、先行投資や他のSBへの出資等に使われる。
⑤いつも環境に配慮する。
⑥社員は良い労働条件、良い給料を得ることができる
⑦楽しみながらやる。


どうだろうか。

確かに最近はわが国でも

「クラウドファンディング」

など寄付の文化やCSV、また個人としての

「プロボノ」

文化が少しずつであるが、浸透しつつある。

1995年がボランティア元年、1998年がNPO元年、2003年がCSR元年、
2010年がプロボノ元年、2011年が寄付元年などとと言われるように、この20年で明らかに

「ソーシャルな生き方、働き方」

をする人が増えている点がその証左でもある。

しかし、その市場やセクターにいる人はまだまだ全体から見ればマイナーな存在で、
決してマジョリティではない。

その意味では、

「スーパーハピネス」

を国民全体で模索し、言語化し、社会に実装化する段のまだ一歩前、というのが
私の見方、見立てである。

もう一押しが東京オリンピックなのか、はたまた悲しい契機になるのか、それは分からない。

しかし、それを漫然と、あるいは受動的に待っててよいのだろうか。


ユヌス氏は言う。

「学校での教え方も変えなければいけない。いい成績を取ればいい企業に入れるよという指導は人生であまり大きな価値を生まない。
世の中を変えていこうよ、問題を解決しようよという視点で教育システムを創りなおすべき」

「日本の方々、特に若い方でビジネスをしている方や研究者、学者の方々が世界を変える可能性に目を向ければ、
新しい考え方やイノベーションが生まれ、世界が変わる」

と。

ユヌス氏は、元々大学の教員(チッタゴン大学経済学部長)で、研究者であり、自ら実践者でもある。

つまり、教育(業界)には常に、賽は投げられているということである。


微力だが、私にもまだまだやるべきことがありそうだ。


まずは目の前のこと、そして未来を楽しもう!

Happy Future!


平成26年8月9日

杉岡 秀紀 記  

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2014年08月09日

ダブルバックキャスティング

2003年4月25日。

この日京田辺に誕生したのが私が11年前に主宰した

「きゅうたなべ倶楽部(以下、きゅう)」

http://san-kyu.kir.jp/index.html

昨年10周年の記念式典を終え、現在11年目に入っている。

ミッションは

「京田辺というまちを「大学のあるまち(university+city)」から「大学のまち(univercity)」へ変え、
挨拶と笑顔、そしてありがとうの溢れるまちにすること」


そのために、

・情報交換(勉強)の場作り
・地域活性化イベント(商店街・自治会含む)
・フリーペーパーの発行




などの事業を行っている。

私自身は、2003年から2007年までの5年間代表を務め、現在は次の代にバトンを渡している。


さて、そんなきゅうだが、毎年年度末にOBOGと現役生が触れ合い、
意見交換するイベントが開かれている。
(もちろんOBOGは全国に飛び散っているため、全員は集まらない)

ただし、昨年末は10周年イベントがあったため、今年は夏に開催されることとなった。

当然のことながら、現役生とOBOGが日常的にコミュニケーションを取る機会は少ない。

そこで、現在の代表から今回の意見交換に際して

「ぜひ創立当時の原点の話やミッション、また活動の社会的意義の話をしてほしい」

との依頼があり、今回はミニレクチャーをさせてもらう機会を得た。


そこでお話をしたのは、

①設立時のエピソード
②当時の事業
③当日のスタッフ(仲間)と現在
④大学と地域の連携の意義
⑤活動へのワンポイントアドバイス


の5点である。

せっかくの機会なので、③の話をする中で自分自身が気づいた

「ダブルキャスティング」

の話をここでは綴ってみたい。



きゅうのOBは現在7期までが卒業している。
(市民スタッフの皆さんはここでは割愛)

ざっと列挙してみるとと、

・第1期生A:大学教員@京都
・第1期生B:市役所職員@京都
・第1期生C:中堅企業幹部(次期経営者)@愛知
・第1期生D:人材系企業営業@大阪
・第1期生E:農業系共済組合@岐阜
・第1期生F:コンサルティングファームコンサルタント@東京
・第1期生G:公認会計士@東京
・第2期生H:テレビ局@広島
・第2期生I:ベンチャー企業経営者@東京
・第2期生J:公益法人スタッフ@京都
・第2期生K:人材育成企業営業@東京
・第3期生L:公益法人事務@京都
・第3期生M:ショップ経営者@京都
・第3期生N:印刷メーカー@愛知
・第4期生O:公益法人事務@京都
・第4期生P:信用金庫@京都
・第4期生Q:食品メーカー営業@福岡
・第4期生R:電力系商社@大阪
・第4期生S:旅行系ベンチャー営業退職後、主婦業
・第4期生T:消防本部@岐阜
・第4期生U:主婦
・第4期生V:茶農家、ベンチャー企業営業@奈良
・第5期生W:銀行@大阪
・第5期生X:銀行@大阪
・第5期生Y:メーカー@愛知
・第6期生Z:農協@長崎
・第7期生α:商社@東京
・第7期生β:進学@京都


実に多様である。

しかし、ここから読み取れるキャリアの傾向は結構シンプルで、

①NPO時代のスキルを活かしたキャリア選択:大学教員、公務員、コンサル、テレビ局(企画・広報)、営業、デザインなど
②NPO経験を地元に帰って活かすキャリア選択:愛知、岐阜、長崎、大阪など
③公共的な働き方を主としたキャリア選択:公務員(自治体職員・公務員)、農協、共済組合、公益法人など


の3点に集約される。

少し嬉しいことを追記するならば、最近は

・NPO同士の仲間が同じ組織で再び仕事
・NPO内で出会ったメンバーで結婚したカップルが誕生
・OB/OGの中から2名、起業家が誕生


という付加価値がついた。

ともあれ、今でも彼ら彼女らとは会えば、当時の話だけでなく、
現在進行形の今の話、そして、未来の話を語ることになる。

このダイアログを通じて、学生時代のNPO経験がどれだけ今宝物として
生きているかを感じることができる。当然私もその一人。

そう、現役生には、細かい助言こそしないものの、少し大きな見地から

「OBOG背中という未来から感じる学び」

を提供できていると思うのである。

これが一つ目の

「バックキャスティング」。

かのスティーブ・ジョブズも言った

「点は未来でつながる」

という意味に近いだろう。

しかし、この話はこれだけでは終わらない。実は喋っている、すなわち
OBOG側にも効用があるのである。それは、

「後輩たちの純粋なまでの目という現在(原点)」

から、OBOGたちも実は自分の過去に

「ダブルバックキャスティング」

しているのである。

そう、格言、故事成語を引用するならば、

「初心忘れるべからず」「道に迷ったら元に戻れ」

いやはや、これが実はOBOGと現役生が一年に一度再会する最大の醍醐味だったのだ。

今年の集まりでふと腑に落ちた次第。


いずれにせよ、これからもこの相互に刺激のある

「共に学び、共に成長する共感共育」

の瞬間を大事にしたい。

少なくとも私はファウンダーの務めとして、この架橋(ブリッジッング)していこうと思う。


これが私からのささやかな恩返しなのである。


平成26年8月9(きゅう)日

杉岡 秀紀 記









  

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2014年08月02日

ランキングと日本

『クーリエジャポン』

という雑誌があります。

世界の色々なジャーナルの記事を集めて発信しているグローカルな雑誌です。

佐賀県武雄市の樋渡市長からお薦め、ということで2年前から毎月読むようになりました。

さて、そんなクーリエの今月号(9月号)に

「世界ランキングで分かるNIPPOの真の実力」

とい特集がありました。

ワールドカップが終わってまだそんな日が経ってませんが、
ラインキングというのは、対象とする根拠次第で結果が変わることはもちろん
ときに集計する人の主観や操作が入ったりしますので、
決して完全には信用ができません。

たとえば、大学の世界ランキングというのがありますが、主要な3〜4つすべて、
順位が違います。

とはいえ、世界が注目すれば、そえが一人歩きしたりしますので、

「たかがランキング、さらどランキング」

で無視ができない存在であることも確かです。
(そういえば若い人に限れば、偏差値や就職ランキングなど、ランキングに振り回されてますね)

と言う訳で、今回特集されたテーマでどのランキングをどう読むかは
読み手次第のところもあるのですが、今の日本の現状を知る、すなわち

「日本の定位を知る」

ために一つの素材になると思いましたので、以下、紹介します。

・借金大国:1位
・60代超の人口の割合:1位
・男性の有償労働時間:1位
・軍事予算の額:6位
・自殺者の多い国:7位
・数学の実力:7位
・総合軍事力:10位
・パスポートが強い国:11位
・観光業の競争力:14位
・国民一人あたりの所得16位
・平均世帯収入:21位
・国際競争力:21位
・生まれてきたい国:25位
・ビジネスがしやすい国:28位
・住みやすい国:36位
・幸福度ランキング:43位
・アルコール消費量:71位
・男女平等指数:105位
・15歳未満の人口の割合:192位


ここから見えてくる日本は決して輝きだけではなく、
むしろ悲観的なデータの方が多いと思います。

かつては、一人あたりのGDPが世界一に輝き、

「ジャパン・アズ・ナンバーワン(E・ホーゲル)」

と言われた日本。

今はジャパンナッシングとかジャパンミッシングとか言われる一方で、
クールな日本(いわゆるクールジャパン)が今一度着目(発信?)されている日本。

しかし、そんな日本の価値は強がりではなく、実感として

「無形の価値」

だと思っています。

つまり、ランキングに現れない良さことが日本の本質の良さな気がします。
かのサン・テグジュベリが

「大事なものは目に見えないんだよ」

と言ったように、大事なものに価値を見出す価値観こそが日本の本当のたからものかもしれません。


とはいえ、一方で、自己肯定感もとても大事です。

阿吽の呼吸
ツーカーのコミュニケーション
文間を読む
空気を読む
一を聞いて十を知る
沈黙は金
男はだまってサッポロビール


が美徳とされるわが国ではありますが、
自国を誇りに思えなくなってはおしまいだと思います。

Do you like JAPAN?

皆さんは好きですか?

I love JAPAN!

ぜひ人の評価の前に自分の評価を確かめたいですね。


平成26年8月2日

杉岡 秀紀 拝

  

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